Target7:四天宝寺中男子テニス部
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あはは、とテレビの中のエキストラの笑い声と自身の笑い声が重なる。するりと手に収めていたスマホが抜き取られた。
「……あ。」
「謙也、琹ちゃんに何話しとんねん。」
振り向くと乾き切っていない髪から滴る水滴を、首に掛けたタオルで受け止める忍足の姿が目に入る。普段は度の入っていない眼鏡のレンズ越しにしか見る事の出来ない瞳が何の障害もなくあたしの瞳を見つめてくるものだから、妙にばたばたと心臓が騒いだ。風呂上がりだからか、ほんのりと上気した頬に湿り気を帯びた髪が貼り付き妙に色っぽい。スマホ片手に首に掛けたタオルで乱暴に髪をかき混ぜる忍足があたしの隣に腰かけた。
「せやなぁ……そう言えたらええねんけど。」
謙也の声は大きくて、きっと肩が触れ合うこの距離でも聞こえる筈なのに跳ねる心臓の所為でそれは叶わない。忍足が応える声だけが頭に残った。
忍足がスマホを右手から左手に持ち替え、手ぶらになった右手をあたしの左手に重ねる。指を絡めてちらりと横目であたしを認め、ほんの少しだけ寄りかかる忍足は、謙也の話を聞いているのだろうか。曖昧ではぐらかすような返答しかしない。
忍足が寄りかかってきた所為で女性用のシャンプーとは違う、ハーブのようなスースーとした香りが鼻腔を擽る。思わず視線を逸らした。
「なんや、謙也も合宿来るん?」
忍足の意識は相変わらず謙也に向いているのに、ゆるりと撫でられる指先の所為であたしは忍足を意識せざるを得ない。一方通行な感情が胸の辺りで燻ってあたしの独占欲を刺激する。謙也、と忍足が口にする度にそれが自分の名前ではない事に落胆し、早く通話が終わらないかと期待して、これではまるでお預けされている犬のようだ。
あの時、忍足が親友になる事を拒否してくれて良かったと思う。こんな劣情を抱えたまま"友人"であろうなんて、そんなのは辛いなんて言葉じゃ言い表せられないくらいだろう。越えてはならないギリギリのラインに立って、じりじりと爪先を踏み入れないように躙り寄るのだ。想像するだけで息が詰まって仕方がない。あたしはそれを忍足に強要していたのだけれど。
あたしのこの感情は、その罪悪感からの物だろうか。それとも純粋な好意なのだろうか。分からない。けれど、この、どぷりと沼のように滲んだ汚い感情が恋でないと言うのなら、それはきっと名前をつけていい物ではないのだ。
「ほな。」
話し終えたのか忍足がスマホをローテーブルに乗せる。その画面は相変わらず上向きで、プライバシーも何も無い。
「……忍足、スマホは携帯した方がいいんじゃない?」
そう言いながら忍足のスマホに手を伸ばしてひっくり返した。
いくら普段はこんな時間まであたしが忍足宅に居座る事が無いとはいえ、今日の忍足は随分無防備だ。上向きのスマホも、裸の瞳も。信用されているのは嬉しいが、複雑な心境になるのも事実だった。
「琹ちゃんに見られて困るような事はしてへんから。」
「そういう事じゃないんだけど。……例えばね。」
あたしは先程ひっくり返した忍足のスマホに再度手を伸ばし、ホームボタンを押す。表示されたロック画面を確認して、安堵の溜息を漏らした。
「今の忍足ならパスワード教えてってあたしが言えば、教えてくれるんでしょう?そしたらあたしは忍足のスマホで誰かに電話をかけて、忍足に乱暴されてるの、助けてって言えるんだよ。」
実際にはそうでなくても、簡単に忍足の立場を崩してしまえるのだ。あたしにそれをするメリットは無いが、それが出来るというだけで充分警戒には値する。それを忍足は分かっていない。
「してもええよ。琹ちゃんの言う通り、パスワードくらい教えたるし。」
「え?」
忍足があたしの肩を押す。当たり前のように倒れたあたしの身体に忍足が覆い被さった。
「言うたやろ?俺は琹ちゃんに触れられるなら何でもええねん。琹ちゃんが俺の手の届くところに居ればそれで。琹ちゃんが俺の立場を悪うしたいと思うんやったら、してもええよ。」
ほら、とあたしの耳元に唇を寄せ、その心地良い低音の声を更に低くして四桁の数字を口にする。多分、忍足のスマホのロックを解除するパスワードなんだろう。けれどそれは頭には残らなかった。