Target1:氷帝学園男子テニス部
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「危ねえ!!!」
叫んだ、と思うと宍戸が走り出していた。
続いてドサリ、と女を受け止めたまま床に雪崩れ込んだ。
どうやら階段から落ちたらしい女は、宍戸の腕の中でゆるりと瞼を上げ、一拍空けてがばりと上体を起こした。その瞬間、女と目が合う。
「……あと、べ……?」
その女は下敷きにしている宍戸には目もくれず、俺を見て目を見開いた。ぼそり、と確かに女から呟かれた言葉は俺の名前で。
あり得ない、何で、と何を考えるでもなく呟く女に思わずため息が漏れた。
「おい。」
ぶつぶつと何やら思考を巡らせているのだろうか、途切れない呟きを止めるべく声をかけるが聞こえていないらしい。再びため息が口をついた。
「……なんで自分、跡部のこと知っとるん……?」
同じくして、呆れていた忍足が声をかけた。忍足の声は聞こえたらしく女の視線が俺から忍足へと移った。女がハハハと渇いた笑いを微かにあげた、かと思うと両目を擦りもう一度こちらに視線をやる。その顔からは困惑の表情が消えていた。
「それは、ほら、君は色々有名だから、さ。」
真顔のまま立ち上がる表情は氷のように冷たい。先程迄は困惑しながらも愛嬌のある表情をしていたが、今は。
だが何故か、その表情にグッと心臓を鷲掴みにされる。
宍戸にお礼を言いながら手を差し出す姿は既に愛嬌のある表情に戻っていた。
別に女が珍しい訳じゃねぇ。
下心のある奴、ない奴、嫌悪してる奴。色々居たが、俺の前であんな、冷たい表情をする女は初めてだった。ジッと思わず目を細めるが、それを気にせず女は再度口を開く。
聞きたいことがある、と。
無言で続きを促すと俺に視線を合わせ、とある男の行方を問う。思わず口にしようとした"恋人か"と言う問い掛けを呑み込んで、素直に女の前には誰も見なかったことを告げた。あからさまに女の両肩が下がる。落胆の表情を浮かべているのは火を見るよりも明らかだった。
「……そうですか。あ、それと、あたしは汐原琹。よろしくしなくてもいいから存在だけでも知っといて!」
落胆した表情から一転、今度は目を細め頰を上げた。笑顔。
それに釣られて俺の心情も、落胆から喜びへと変わる。コイツの表情は。コイツは。
他人の心を惹く力を持っていやがる。
汐原が落ち込めばどうにかしてやりたいと、それを通り越してどうにかしてやらねぇとと使命感に駆られ、汐原が笑えばこれ以上ない程の充足感に満ちる。
それに気づいてんのか気づいてないのか、"よろしく"するつもりはなくても自分の存在を無視するなと矛盾した行為を俺たちに強いる。厄介だ。それでいて、危険。
本来なら関わらねぇ方がいいと判断される人物。だが、この訴求力を見せつけられたら簡単に手放すのも惜しいと思ってしまう。
チッと舌打ちが溢れたのも仕方がない。
それに気づいたのか、汐原は眉根を寄せ不快感を露わにする。そうさせたのが俺自身であることに、ある種の優越感と多大な罪悪感が胸中を埋めた。
「……行くぞ、てめぇら。」
一つ礼をして上履きのまま出て行く汐原の姿が見えなくなるまで見届けてから暫くして、漸く俺たちは目的地である部室へと歩きだした。引かれる後ろ髪を無視して。