Target8:男装少女
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汐原さんが食堂に顔を見せた頃には、幸村部長と千石さんが水を汲み終えていた。
「ただいま。ごめんね、遅くなって。」
「気にしなくても大丈夫だよ。」
そう言った千石さんは、汐原さんを見て一瞬言葉を詰まらせ何か言いたげに口を開いたが、結局それを呑み込んだようだった。
多分、それは千石さんでなくても同じ事をしただろう。
汐原さんの目は、明らかに泣きましたと言わんばかりに充血していて、それでも視線は何も言うなと訴えていたから。きっと今の彼女にどうしたのなんて言葉は不要で、大丈夫なんて心配は邪魔でしかなくて、それに気づかないフリをする事だけが正解なのだ。だから幸村部長も千石さんも、一度見開いた目を細め、いつも通りの優しい笑みを浮かべるのだ。汐原さんの為に。
私は米を研いでいた手を止めた。幸村部長も、そして千石さんも浄水器に汲んできた水を移す手が止まっていた。
それに気がついた汐原さんがこちらに足を向ける。散々泣いた後なのか、少ししばしばと眠たげに時を刻む彼女の瞳が弧を描いた所で私達の時も動き出した。
「今日の献立何になった?」
「あぁ今日は、肉無しの肉じゃがと味噌汁、後は焼き魚だ。」
「肉無しの肉じゃがって、ただのじゃがじゃん。じゃがいもの煮物!」
汐原さんは幸村部長の言葉に
「じゃあ、あたしが肉じゃが作るから、きよは味噌汁で幸村は焼き魚お願い。古庄寺くんはそのままお米炊いてもらっていい?」
「……あ……はい!」
私は少し言葉に詰まり、辛うじて了承の意を返す。その瞬間に、私は思い出した。
木手さんに呼ばれる直前、私は気がついたのだ。
汐原さんと私は、何処となく似ているのではないか、と。
見た目なんかではない。性格や考え方がだ。
跡部さん達に意見する時に何処か怯えた表情をするのも、彼等を大切に思っている事も。私だって、同じだ。
そしてそれを思い出してしまった今、私の脳裏を過ぎるのは、私でも、汐原さんの代わりになれるのではないか、とその仄暗い思考だった。
この合宿が始まって以来、汐原さんには散々"邪魔をされてきた"。それならば、少し休んでもらってもバチは当たらないだろう。
米を研ぐ指先が興奮で震える。
そうだ。汐原さんにも水羽さんにも。
怯む必要なんてない。私が引く必要もない。
私だって幸村部長達の"特別"になれる。その為に私は、性別まで偽っているのだから。
あぁ、だから。
私はちらりと隣でじゃがいもを洗っている汐原さんを横目で見やる。大丈夫、と心の中で自分に言い聞かせた。