Target8:男装少女
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「琹ちゃん!」
呼ばれた声に素直に振り向く。
バレーボールも勝敗が付き、次は何をしようかと、取り敢えず食堂へと足を向けた時の事だった。
振り向いたあたしの視線の先には何故かずぶ濡れのジローちゃんの姿。僅かばかり赤く滲み始めた太陽を背中にしてにへへと笑う姿はどことなく楽しそうだ。
「ジローちゃん、水遊びでもしてたの?」
「違うCー!」
あたしの言葉に表情を一転させたジローちゃんは真面目に探索に行っていたらしい。
あぁ、だから先程探した時に居なかったのか、と一人で納得するが、両頬を膨らませたジローちゃんの機嫌は治らなかった。
あたしはそれに苦笑を一つ漏らし、彼の思惑を予想する為に思考を働かせる。
問題は、ジローちゃんは何が目的であたしに声をかけたのか、だ。
意味もなく声をかけた可能性も多いにあるが、ジローちゃんは構って欲しい時にはスキンシップに頼ってくることの方が多い……気がする。
名前を呼んで気を引くよりも、最初から抱きついてくる方が何だかんだしっくりくるのだ。
「んー……と、じゃあジローちゃん、何か良いものでも見つけた?」
態々探索が終わって直ぐに声をかけたのだ。それもずぶ濡れになっているのに着替えることもせず。それならばきっと、探索で良いものを見つけたのだろう。あたしに真っ先に報告したいと思わせる何かを。
ずぶ濡れのジローちゃん、探索……そこまで考えてあたしは思わずあ、と声を漏らした。
「温泉!」
それはあたしとジローちゃんのどちらが早かったのだろう。二人の声が重なり、そしてジローちゃんは目を見開いた。どうして分かったの、と彼の大きな瞳が訴えてくる。あたしはそれに曖昧に口角を上げる事でやり過ごした。
きっとこれで、ジローちゃんにもあたしが何かを知っているとバレてしまった。
あの日、跡部に呼び出された時、予想と反して跡部はあたしを責めなかった。知っている事を吐け、とそう言われるとばかり思っていたあたしは、跡部のあの、優しい口調と暖かい瞳に胸を痛めたのだ。
"俺様には言えねぇ事か、あーん?"
優しかった。暖かかった。
けれど確かに跡部は傷ついていた。
それは多分、あたしが何も言わない事を分かっているからだろう。正しくは言えないのだけど。
昌山の事を跡部達に話して何になる。帰るという昌山と、ここに存在している跡部達とを天秤にかけて迷っていると言ったら、それはただ、彼らを幻滅させるだけだ。だから言えなかった。
「……ジローちゃん、ありがとう。」
「何が?」
「温泉、見つけてくれたんでしょ?水浴びばっかりだったからお風呂入りたかったんだよね。」
そう言って笑えば、ジローちゃんはいつも通りの笑顔を浮かべて今度こそあたしを抱きしめる為に腕を伸ばす。大人しくジローちゃんに捕まるとあたしは一つ溜め息を漏らした。