Target8:男装少女
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空気で膨らまされたボールを持つ指先が震える。グッと喉元に込み上げる言葉を飲み込んだ。
「古庄寺くん、ごめんね。今、ビーチバレーしてて。ボールありがとう。」
「……いえ。」
返して、と言外に示すように両腕をこちらに差し出す汐原さんに、素直にビーチボールを差し出す。その間にも私の視線は彼女の頭上にある"帽子"に釘付けだった。
見覚えのある黒い帽子。それは真田副部長の頭にあるのが常である筈だ。
そうだ、それはだって、真田副部長の帽子。なのにどうして汐原さんの頭上にあるのだろう。あぁ、否。別に真田副部長の帽子と決まった訳ではない。
その結論まで辿り着いたお陰で私の頬は少し緩んだ。少し大きめのサイズの帽子を被る汐原さんは、普段の態度と裏腹に、見栄を張っているようで幼くて微笑ましい。
何というかまぁ、可愛らしいとすら思える。
そう。そうだ。別に汐原さんだって私の邪魔をしようとしている訳ではないのだろうから敵対心なんて物は持たなくていいのだ。
そう思うのに、それでもチラチラと視界に映る真田副部長の頭に見える筈の、黒い帽子が見えない物だから。
「それ、真田副部長の帽子ですか?」
確認しなければいいのに。
見なかった事にして、汐原さんの評価を良い人だと上書きして立ち去れば良かったのに。どうして私はこうも、自分を追い込むような事を。
「そうだよ。真田の帽子、借りてる。」
汐原さんは当たり前のように言葉を返して少し先の、ラインを引いただけのコートへと向かって行った。
前と同じ。
以前立海の敷地内で見た、不自然な格好の人物にも同じ質問をした。ダボついた立海の男子制服に身を包んだ小柄な人物。真田副部長の帽子で隠れて顔は見えなかったが、恐らく女子だったであろうあの子はスマホ画面に一言"そう"とだけ写して立ち去った。
あの時私は、昌山さんの所為で少しイラついていて、部活動に遅れていることも忘れて立ち尽くしたのだ。
今と同じ、ずるい、とその感情を抱えて。
私だって、彼等の友達で、仲間である筈なのだ。少なくとも私はそうだと思っている。
そうでなければこの合宿に参加なんて出来ないだろうし、昼休憩に昼食にだって誘われない筈だ。
全国大会前だから休日に遊びに行こうと誘われる事がないのは仕方がないけれど、自主練に付き合ってくれとお声がかかる程度には信頼もされているだろう。それでも、それでも私は真田副部長の帽子に触れる事すら出来ないのに。
普段から大切そうに扱われている帽子は、私の触れられる場所へ置かれている事なんて微塵も無いのだ。そして、大切な物だと知っていながら、貸して欲しいなどと言える筈もない。
あぁ、ずるいなぁ。私が手に入れられない
私だって、早く女の子として彼等の側に行きたい。
私は楽しそうに笑い声の上がるコートに背中を向けて、逃げるように広場へと駆けた。