Target8:男装少女
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海側に戻って来たところで、あまりする事は無い。いつもの合宿であったなら、それこそあたしの仕事に追加されたドリンクの準備やタオルの用意に追われているだろう。けれど今回は極限状態での判断力等を養う事を目的とした合宿。選手達が全てスケジュールを立ててこなしてしまう為、本当にお飾り状態だ。
取り敢えず誰かを手伝おうと食堂に足を運ぶ。食堂に貼り付けてある今日の予定表から氷帝メンバーの名前を探すが、どれもあたしが手伝おうと声をかけるとかえって邪魔になってしまいそうな作業ばかりだ。あぁ、でも、三時からの探索にちょたの名前がある。それには付いて行っても邪魔にはならないかも。
それまでは何をしていようかとスケジュール表と睨めっこをしていると無駄に爽やかな声があたしの鼓膜を揺らした。
「琹ちゃん。」
いつの間にか呼ばれるようになったあたしの名前に振り向く。当の本人は少し表情を緩め、優しく目を細めた。
「サエ、どうかした?」
特段あたしの方は彼に声をかける用は無いし、彼から声を掛けられるような事をした覚えもない。要件を話し始めるでもなく、ただあたしと目を合わせて優しい表情を浮かべるサエに首を傾げると僅かにあたしの視線がサエの瞳から外れて、サエは少し不満げに
「琹ちゃん。」
「うん、だから、何?」
少しだけ語気を強めるサエに、不快な気持ちを隠す事なく要件を問いかける。ほぅ、と呆れを多分に含んだ溜息を大袈裟に吐き出すと両の肩が落ちた。それでも口を開かないサエに背を向けると、今度は腕を引かれて引き止められる。
「サエ、用が無いならあたし誰かの手伝いに行きたいんだけど。」
態度で伝わらないのなら、とはっきりと拒絶を口にすると、サエの手に込められていた力が少し弱まり、チャンスとばかりに振り払った。
「ごめん、特に用は無いんだけど琹ちゃんと話したくて。」
困ったように眉を下げ、振り払われた指先で頬を掻く仕草をしながらも、視線はかちりとあたしの瞳を捉えて離さない。以前の別れ際のように迷子のような視線を向けられるとどうして良いのか分からなくなる。サエはあたしと話したいと言った。けれど自分から話題を振るでもなく、あたしの名前を呼ぶだけでその続きは紡がない。視線だけはあたしを離すまいと追いかけるその仕草に湧き上がる感情は苛立ちしかない。早い話が面倒なのだ。
別に彼が嫌いな訳ではないし、特に急いでこなす用がある訳でもない。雑談に付き合う事も出来るのだ。あたしは溜息を吐いた。
「サエって結構面倒くさいね。」
「え。」
「でもまぁ、嫌いじゃないよ。」
残念ながら慣れてしまったのだ。あたしとの距離感を測りかねている仕草も、壊れ物のように扱われる事も。あたしはそんなに柔じゃないけど、それでも傷つけまいと優しくなりすぎて臆病になっているのは、ちょたと同じだった。