Target8:男装少女
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結局里は、柳生と遠山が戻って来た頃に食堂に顔を出した。勢いをつけて腰を折るその頭には寝ぐせが付いていて、至って真剣な本人とは対照に皆して笑い声を上げた。あたしはその時点で海の方に戻ったから古庄寺くんがどのタイミングで顔を出したのかは知らないが、昼食を終えてもう一度山側に顔を出した時には既に忙しそうに走り回っていた。
今日は慣れない環境の所為で寝坊する人が海側山側問わず多かったそうだから里もお咎めは無いらしい。きっと彼女もそうだろう。まぁ普段から早起きが苦手なだけな人も多いようだが。リョーマとか。
少なくとも里は明日も寝坊するだろうな、と人知れず溜息を吐いたところで目当ての人を見つけて声を上げた。
「柳生……!」
あたしの声に振り向いた彼は、少しだけ口角を上げる。仁王のように片側だけを持ち上げるのではなく、両の頬を緩めるように優しく口角を上げる表情。それが仁王には出来ないのだと気が付いたのは、座礁する前の船内での事だった。ヒントをくれといった手前、態とそうしてくれているのかもしれないが。
「汐原さん。」
「前に借りてたハンカチを返したくて。ごめんね、長い事借りてて。」
あたしは柳生に彼のハンカチを差し出す。以前立海を訪ねたときもあたしの鞄に入っていたそれは、きちんと丁寧にアイロンもかけてあったのに少しだけ皺が付いていた。それが借りていた期間の長さを示していて、一人で勝手に眉を寄せる。それから片手で差し出していたそれにもう片方の手を添え腰を折った。
「そんなに気にしなくてもいいんですよ。ご丁寧にありがとうございます。」
柳生は僅かに付いた皴を気にするでもなく丁寧な手つきでポケットに収めた。それからもう一度あたしに視線を合わせて微笑み、あたしの少し後ろへと視線をやる。そのまま少しあたしから距離を取った。
「お話中すみません。柳生先輩、幸村部長からの伝言です。」
「態々ありがとうございます、古庄寺くん。それで幸村くんは何と?」
古庄寺くんは一瞬ちらりとあたしの方へ視線を向け、直ぐに柳生の言葉に答える。あたしはその答えに少し違和感を覚えて首を傾げた。
「"夕方に立海だけでミーティングをするから海側に来て欲しい"との事でした。」
そうですか、と何でもない風に返す柳生。その後に私から真田くんに伝えておきます、と付け加えた。
正にあたしが疑問に思っていたのはそれだ。
今日は山側担当である筈の古庄寺くんが幸村から伝言を頼まれているのも少し引っ掛かるが、それはまだいい。あたしも柳生に用があるからと無理矢理に口実を作って山側の様子を見に来ているのだから。
けれど、どうして柳生なのだろう。山側に居る立海全員に広める必要のある伝言なのだから、まずは真田に伝えるべきではないのか。氷帝には副部長は居ないから、あくまでもあたしが彼女の立場だったらと想像する事しか出来ないが少し不自然だ。況してや大した内容では無かったが、柳生はあたしと話し中だった。あたしならその時点で他の部員を探しに行く。
けれどこの違和感は、はっきりと絶対に彼女が可笑しいと言える程のものではない。あたしの主張が間違っている可能性だって大いにある。古庄寺くんに感じる違和感は全てそうだ。
チクチクと喉元辺りに留まって、呑み込む事も吐き出す事も許されない。
一先ずあたしは、古庄寺くんから逃げるように海側へ戻った。