Target6:腐少女
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「謝らんといて。」
忍足の掌が頬に押し当てられる。以前と同じようにそれは暖かかった。じわりと視界が滲み、ぽたりと頬を伝っていく。あたしの涙が忍足の掌を濡らした。
「忍足は優し過ぎるよ。あたし、凄く残酷な事したのに。」
怒って、なんなら二度と関わるなと言われても可笑しくないのに。殴られたって文句は言えないくらいだ。それなのに忍足はあたしの事を許そうとする。
「……俺が跡部の側に居ったんは、琹ちゃんが笑うんを近くで見たかったからや。元井さんは勘違いしとったみたいやけど。……なぁ、せやから笑ってくれへん?」
いつぞやのように、彼の指先があたしの頬を弄ぶ。指先で軽く摘んでは撫でてを繰り返すその手つきは、相変わらず、酷く優しい。優しくて、残酷で。あたしが彼に与えた痛みも、きっとこんな感じだったのだろう。悪意から与えられる痛みなら拒絶出来るのに、善意で与えてくれる物だから拒絶が出来ない。ずぶりと心臓に突き刺さって抜けない言動が、痛くて痛くて口角を上げる事すら叶わない。忍足はあたしの笑顔を望んでいるのに、あたし自身は大声で泣き喚きたいと望んでいる。どうしたら良いのかもう分からない。あたしは、こんな時の選択肢を自分で選んだ事の無い、狡い女だ。
「……忍足。」
「ん?」
「胸、借りていい?……後でちゃんと笑うから。」
「……ええで。」
きっとこの選択も残酷なんだろう。あたしは忍足の背中に腕を回して、その胸に顔を埋め嗚咽を噛み殺した。謝罪をしたところでそれは受け入れてもらえず、忍足の気持ちに真摯な気持ちで応えるには覚悟が足りない。申し訳なさからか、罪悪感からか、あたしは声を上げて泣く事は出来なかった。
ぽんぽんと優しく背中をあやす様に撫でられる。それは次第に動きを止め、ただそこにあるだけになり、そして力が込められた。忍足の胸に顔を埋めていた筈なのに、気がつけばあたしの首筋に顔を埋められている。時折眼鏡のテンプルが髪の毛の隙間から露出した頬に触れて冷たい。
もしかしたら、忍足も泣いているのかもしれない。空き教室の前だから人通りが少ないとはいえ、ここは廊下だ。生徒の目を避けるようにあたしの首筋に顔を埋める忍足が、不謹慎だが愛しかった。
今度はあたしがぽんぽんと忍足の背中を撫でる。広い背中。とくりとくりと彼の鼓動が伝わるのは、背中に回した掌だろうか。それとも胸板に押し付けた頬だろうか。どちらでもいい。あたしの涙は止まっていた。
「……ねぇ、忍足。」
好きだと続けようとして、口を噤んだ。同じ言葉を、あたしは幾度となく繰り返してきた。忍足の好きは友人としてのそれじゃない。あたしの好きと同じ筈なのに、あたしの好きは酷く軽かった。伝えてしまう事で、また忍足を傷つけるのでは、と。
「琹ちゃん、俺は琹ちゃんの親友になりたないねん。……琹ちゃんのモノになりたいんや。」
グッと背中に回された腕に更に力が込もる。忍足の胸板に頬を寄せるのにも限界が来て、あたしも首筋に頬を寄せた。
「あたし、忍足だけを選べないよ。絶対今より傷つける。」
「ええよ。琹ちゃんに触れられるんなら、それでもええから。」
うん、と答えた言葉はとても小さかったけれど、忍足には届いただろう。首筋に彼の唇が押し付けられた。