Target4:傍観少女
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「ゲ、ゲームセット!ウォンバイ宍戸!」
コートを囲む部員達から戸惑いの声が上がる。ザワザワとコートが騒がしい。きっとここに居る全員が先程の跡部の言葉を忘れている。準レギュラーの彼に対して言った言葉を。あたしだって忘れていたのだから。
「何の騒ぎだ!」
急に降ってきた声に皆が視線を上に向けた。榊先生。彼の次の言葉を、あたしは知っている。だから。
「滝はレギュラーから外せ!代わりに準レギュラーの日吉が入る!―――以上だ。それでは練習を開始しろ!」
そう言って背を向ける榊先生を追いかける為にあたしもコートから出た。
ここであたしが動かなくても、宍戸はレギュラーに戻ってくる。分かっている。そんな事。けれど、理屈じゃないのだ。何も考えていないのに身体が勝手に先生の背中を追いかける。榊先生を捕まえて、なんて言えば良いのかなんて分からない。あたしができる事なんで無いのかもしれない。それでも。
「……榊先生!!」
声を張り上げた。数メートルの距離感を保ったまま、先生は足を止めてそのまま振り向いた。
「……ッ、宍戸は、宍戸は十分強いです!努力も十分しています。だから、宍戸をレギュラーに……!」
声が途切れる。息を弾ませたまま、整える時間すら惜しくてただただ頭に思いついた言葉だけを並べた。
「汐原。お前の言葉は信用できない。」
「……!どうして、ですか。」
「特定の選手を贔屓し、それにより部内で分裂も起きている。結果として、一人マネージャーが辞めた。……私が気が付いていないとでも?」
強く唇を噛み締める。自業自得。あたしが日吉の欠点だけを隠していたことに先生は気が付いていたのだ。後悔しても遅い。
「私を信用してくださらなくても結構です。でも、でも……!宍戸だけは!」
「監督!」
あたしの声に重ねるように先生を呼び止める声がする。時間を空けず走り寄ってきた宍戸が、あたしのすぐ横で手を着いて頭を下げた。
「お願いします!自分を使って下さい!!」
「監督っ、自分は宍戸先輩のパートナーをつとめこの二週間……血の滲むような特訓を見て来ましたっ!自分からもよろしくお願いします!」
追い打ちをかけるようにちょたが言葉を続ける。あたしも言葉を重ねようと口を開くが、それは榊先生に止められた。
「では鳳……お前が落ちるか?」
全員の時間が止まる。誰も口を開かない。あたしの乱れた息遣いだけが耳障りだった。大丈夫、大丈夫。ちょたがレギュラー落ちすることはない。分かっていても、ばくりばくりと心臓が荒いリズムで鼓動する。嫌な汗が額を流れた。
「構いませ……。」
じょきり、とちょたの言葉を遮って嫌な音が耳を掠める。ちょたが目を丸くして声を荒げた。
「いったい何を!?自慢の髪だったじゃないっスか!!」
はらりと地面に落ちる宍戸の髪。それを風が攫って行く。ちょたが悔しそうに顔を歪めた。あたしはそれを尻目にゆっくりと噛み締めていた口を開く。
「……先生、これでも彼はレギュラーに相応しくないですか?!」
「私の考えは変わらない。汐原、お前の言葉は信用できない。」
あたしは宍戸の足元に転がる鋏を拾い上げた。先生があたしの言葉を聞き入れてくれないのなら。もう、態度で示すしかない。一つに括っていた髪を解き、適当に鷲掴んで鋏を当てた。
じょきり、ちょきん、と鋏の持ち手に差し入れた指先に力を込めると、いとも簡単に今まで繋がっていた黒い束をそれは断ち切る。はらはらと地面に落ちて行った。
「……今の私はまだ、後ろめたい事はしてません。私の言葉を聞いてください!」
そう言いながら最後の一束を切り、握りこんだ掌を先生の方へ突き出し、ゆっくりと開いた。あたしの選択をやり直すために切った髪。その最後の一束が地面に落ちる。それと同時に足音が一つ近づいてきた。
「監督……そこに居る奴はまだ負けてははいない。自分からもお願いします!」
あたし達と先生の間に立って、軽く頭を下げる跡部に倣って、あたしも腰を折った。今までなら重力に逆らえず落ちてきた髪があたしの視界を狭めていたが、切ってしまった今となっては視界もクリアだ。
「勝手にしろ。」
何度も懇願するあたし達に呆れたように立ち去る先生の言葉に、あたしの心も晴れ晴れしていた。