Target4:傍観少女
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部室前で景吾に訴えかける部員を見てニヤニヤと上がりそうになる口角を必死で抑える。やっと、やっと私の作戦通りになった!香水もダメ、タオルやドリンクを平部員分まで用意して取り入るのもダメ。他校のテニス部に訴えるのもダメ。どれも上手くいかなかったが、準レギュラーに取り入る事は出来た。このままいけば汐原を辞めさせられる!
景吾と汐原は、あのストリートテニスでの件があってから話している所を見ていない。ギクシャクしている筈。そんなタイミングで汐原が仕事をしていないと訴えられたら、もうそれを信じるしかないでしょう。
あぁ、勝った!私は汐原に勝った!
「……ふ、あはは!」
部室の扉を閉めてきちんと鍵を閉めると、もう堪える事が出来ない。高らかに笑い声を上げると汐原が戸惑いを見せる。想像した通りの表情。ドンッと汐原の背後にあるロッカーに手を付くと、汐原がびくりと肩を跳ねさせた。
「分からない?今までのは全部演技、お芝居!アンタをテニス部から追い出す為のね!」
さぁ、これでショックを受ければいい。信じてた"友達"に裏切られたんだもん。絶望すれば良い。そしたら後は、私がじっくり彼等の心を奪うだけだ。じくり、と胸が痛む。
「……これでテニス部は私の物よ。」
「嬉しい?」
その問いかけに一瞬言葉を詰まらせる。本当は気づいていた。最初から、汐原に会った時から。けれど認めたくはなかった。
「……っ、何言ってるの?嬉しいに決まってるじゃない。私はね、景吾達に愛される為に此処に来たの。一年もかけて準備をして、漸くアンタからその立場が奪えるの!これ程嬉しい事はないわ!」
「じゃあどうして、そんなに泣きそうなの。」
泣きそうなんて、当たり前じゃない。だって私は何よりも誰よりも景吾達が欲しかったの。でも、でも。
私は汐原を黙らせたくてその頬に向かって手を振り上げた。ぱしん、と音を立てる。汐原の頬を叩いた手が痛かった。
私は気づいてしまった。否、本当は最初から気づいていた。この世界の主人公が私ではない事に。幾ら私が作戦を立てても、足掻いても喚いても、景吾達は手に入らないのだ。だって私は、主人公ではないのだから。
ポロポロと涙が流れる。汐原の前で泣きたくなんてないのに。
「……私は主人公にはなれなかった。景吾達の心は奪えなかった。」
「そうだね、唯ちゃんはまだ、あたしから何も奪ってない。……あたしの友達としての唯ちゃんもね。」
馬鹿みたいな台詞にきょとんと目を見開く。驚きで涙も止まってしまった。
「跡部達を奪われてたら唯ちゃんの事、許せなかったと思う。でもまだ奪われてないから。何も今までと変わってないから。あたしは唯ちゃんの事友達だと思ってるよ。」
「……アンタ、馬鹿なんじゃないの?」
夢小説の主人公は皆そう言って全てを許してしまう。けれどリアルでそんな事を言われると思ってはいなかったし、実際夢小説を読んでいる時も馬鹿だと思っていた。今回私は汐原に酷い怪我をさせてはいないし、汐原が他の女子に虐められるように仕組んだ訳でもない。夢小説の悪女よりは確かに優しかっただろう。それでも酷い事をした事に変わりはないのに。
「……また景吾達を奪う為に画策するかもしれないわよ。」
「いいよ。そん時は今度こそ全力で喧嘩して、仲直りしよ。」
あぁ、汐原は馬鹿なんじゃない。賢いのだ。何も考えていないように見えて、相手が望む言葉を口にする。否、実際には何も考えていないのかもしれない。けれど的確に目の前の人物が縋りたくなる言葉を吐くのだ。だから皆が欲しくなる。汐原の側に居れば、例え傷ついたとしても直ぐに癒してくれるから。こんなの、勝ち目なんてないじゃない。
「景吾達の事は諦めないし、叩いた事も謝らない。……それでもアンタが私を友達だと言うなら好きにすれば良いわ。」
きょとんと目を見開く汐原に、準レギュラーの部室から持って来た救急箱を押し付けて部室を出て行く。もういい。手に入らないなら、遠くから眺めていればいい。だって私は傍観主なのだから。それが私のあるべき姿だ。