Target4:傍観少女
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桃城の背中を追うように駆けて行った唯ちゃんを見送ると、この場にはほぼ初対面の三人が残る事になる。しかも、その内一人はもう一人の女の子に片想い中だ。これはもう、あたしのする事は一つしかないだろう。
「……じゃあ、あたしも行くね。他の皆さんも巻き込んですみませんでした!」
人の恋路を邪魔する奴は何とやら。立ち去る以外の選択肢を失ったあたしは、一つぺこりと頭を下げてコートを出る。一度入り口で振り返り、目が合った杏ちゃんに手を振って階段を降りる。特に急ぐ必要はないから、そこそこ段数のある階段をゆっくりゆっくりと時間をかけて降りた。
一段一段地面が近づく度にじわりと視界が滲む。頬に零れ落ちる前にごくりと唾を飲み込んで耐えた。一種の、これは屈辱なんだろうか。胸に広がるどろりともぐるりとも取れる形容し難い感情に、思わず胸元を押さえる。先程は桃城や神尾、杏ちゃんに唯ちゃんも居たから必死に噛み殺していた物が、一人になって徐々に喧騒が遠ざかって行くにつれてじわじわと胸を埋めていく。とうとう階段を降りる足が止まった。
「ぅ……あ……っ。」
嗚咽を漏らし、腰を階段に下ろす。段差としては残り三段程だが、歩く気力は無かった。もう涙を堪える事も出来ない。
悔しかった、悲しかった。
初めて拒絶した樺地の手の感触がまだ残っている二の腕を擦る。あたしに触れたあの手が、あたし以外に触れるなんて嫉妬で狂いそうだった。あたしはいつからこんなに嫉妬深くなったんだろう。全部、全部、彼等のせいだ。
どのくらいそうしていただろう。コツコツと足音が近づいてくる。神尾達が降りてきたのかもしれない。けれどその足音はストリートテニスのコートから降りてきた物ではなく、あたしの左の方から歩いて来たものだった。そしてその足音はあたしの前で止まる。
「琹ちゃん。」
優しい、柔らかい声色で名前を呼ばれる。
滲むままの視界を持ち上げた。
「……滝。」
「うん、俺だよ。」
滝はそう言いながら二段程階段を登り、あたしの隣に腰を掛け、そっとあたしの肩を抱く。
「跡部が他の女の子に声をかけてたのが悲しかった……?」
滝はいきなり確信を突いた。あたしは首を振る事でそれを否定する。
悔しかった、悲しかった。それは確かに事実だが、それよりもずっと、あたしの心に残っているのは。
「……惨め、だったんだ。」
嫉妬深い自分が、跡部を信じられない自分が。何より杏ちゃんと比較して劣っていると即座に認めてしまった自分が。
惨めで、恥ずかしくて、哀しかった。
「跡部の一番は琹ちゃんだよ。」
「嘘だ。」
「じゃなきゃ俺に迎えなんて頼まないよ。」
よっぽど琹ちゃんが心配だったんだね、と彼は笑った。あたしの涙はもう、目尻に溜まる二滴だけだ。
「……俺だったら、琹ちゃんにこんな思いはさせないのに。」
「でも滝は、キスもしてくれないでしょ。」
触れてはくれる、優しくもしてくれる。けれど口付けをしてくれた事はなかった。
口先だけの言葉や手で触れるだけなら、例えあたしに嫌悪感を抱いていても出来ない事もない。それをするメリットは分からないけど。
けれど、唇だけは。キスだけは、好きな人としかしない人の方が多いだろう。だからあたしは、それだけを信じていた。いつから、なんてそんな事。
「琹ちゃん、寂しがりになったね。」
そう言いながら、滝はあたしの目尻の涙を掬う。
「君達が一人にしてくれないからでしょ。君達があたしを甘やかすから我儘になるんだよ。」
「そうするくらい、皆琹ちゃんが大切なんだよ。」
泣き止んだあたしの手を取って立ち上がる。彼の唇が小さなリップ音を立てた。あぁほらまた、滝はこうしてあたしを甘やかす。
あたしがこれしか信じられなくなったのは、立海で昌山と決別してからだ。