Target3:立海大付属中男子テニス部
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赤也に胸倉を掴まれる汐原の顔は、酷く悲哀に歪んでいた。
後から赤也に詳しく話を聞くと、あの場面では憤怒の表情を浮かべるのが普通であって、汐原が悲しむような事ではなったのだ。だが、あの時確かに汐原が浮かべていたのは悲哀の表情だった。何故。
そしてそれは、精市の見舞いに行った時も同じだった。精市のあの、告白と取れるような言葉に頬を染め、彷徨わせる視線には悲哀が滲んでいるように思えて声を掛けようとするが、それは蓮二に止められる。肩に手を置き、ゆるりと首を振る蓮二に俺は開けた口を閉じた。
そして今、きょろきょろと辺りを見渡しながらコートの近くを横切って行く汐原の姿に声を掛ける。びくりと肩を跳ねさせてぎこちなくこちらに振り向く汐原は、声を掛けたのが俺だと分かると安堵の溜息を漏らした。その事に俺も密かに胸を撫で下ろす。
「なんだ、真田か。」
「なぜ氷帝のお前がここに居る。」
「昌山に呼ばれたんだよ。ねぇ、ちょっとお願いがあるんだけど。」
そう言いながら、汐原の視線は何故か俺の頭上に向けられる。そして俺の帽子を貸して欲しい、と。少々不躾なその"お願い"には思わずむっと言葉に詰まる。この帽子はお爺様に頂いた物。それを他人に気軽に貸してしまって良い物か。
暫しの間思考を巡らせていると、汐原がこちらを覗き込むように見つめている事に気がつく。その瞳には、相変わらず悲哀が滲んでいた。
「……いいだろう。帰るときには返してくれ。」
「え、いいんだ。ありがとう。」
汐原の視線での訴えに耐え切れず帽子を差し出すと、汐原はきょとんと素っ頓狂な表情でそれを受け取る。その瞳にはもう悲哀なぞ微塵も無かった。
これではまるで試されているようではないか。
自身の我儘をどこまで聞いてくれるのか、と。だがそれを他の部員にしている所は見た事が無い。何故か少し誇らしかった。
汐原は俺から帽子を受け取り、器用に指先でヘアゴムを掴むと頭を揺らして髪を解く。さらりと重たげに流れた髪を無意識に目で追ってしまう。そしてそれを俺の帽子の中に収めた。
その格好は汐原には大きすぎる立海の男子制服と相まって、随分と幼い印象を受ける。男子制服で立海をうろついていた理由を問いただす前に、汐原は満足そうに小走りで駆けて行った。
カシャンと金属同士が擦れる音が耳を突いて、その原因に顔を向けると少し前に目の前から消えて行った汐原がフェンスに凭れかかっていた。俺の帽子を深めに被って胸元を掴んで肩で息をする様に目を見開く。
「汐原……!」
焦りから強まる語気に、汐原は訝しげにこちらに視線を投げた。帽子のつばを持ち上げ、視線を俺に合わせる。その顔色は普段と何ら変わりはない。俺の心配は杞憂だったようだ。
ふいに俺の方へ向けた汐原の目が、眩しそうに細められたものだから、俺は自身で日を遮ってやる。汐原は少し考える仕草をした後、お礼を口にした。
「真田、ありがとう。」
「大した事はしていないが。」
「それでも、ありがとう。」
ふわり、と笑う額にはまだじわりと汗が滲んでいる。無意識に帽子のつばを下げようと右手を持ち上げ、それが空を切った所で汐原に貸している事を思い出した。妙に気恥ずかしいそれを誤魔化す様に腕を組むと汐原が口を開く。乱れていた息は大分整ったようだ。
「ねぇ、昌山来てる?」
「今日は見ていないな。」
どうやら昌山を待っているらしい汐原の目的が果たされるまでくらいならここに立ち尽くしていても問題は無いだろう。もう暫く日除けになってやろうと身体の向きを変えコートに向き直った。
そんな俺に赤也が駆け寄ってくる。反射的に、汐原が赤也の視界に入らないように俺の影に隠した。今はまだ、汐原の存在を知っているのは俺だけでいい。