その少女、少年につき対立
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「はい。」
ノックに返ってきた声は、ドアを隔てたからか小さかったはずなのにキンッと芯がある。言うならばそれは、カリスマ性というものだろうか。
少し間を置いて、意を決してドアを開ける。
夏、まだまだ明るいこの時間に電気をつけることもなくこちらを見据えるそいつの姿に、あたしは必死でこの学校の名前を頭の中で反芻させた。
何で今まで気づかなかったんだ。
この学校は、氷帝学園。あの、超次元テニスを展開する某テニス漫画のライバル校じゃないか。しかも、ちょっと漫画を齧っていたら目の前のこの人物なんて嫌でも知ることになるはず。
「生徒会長の跡部だ。」
そいつはキッと鋭い視線を寄越した。
何処までも深いブルーをしたその瞳に、無条件に屈服してしまいそうだ。だけどあたしにも譲れないものがある。
女であるという"事実"。これを譲ってしまうくらいなら、いっそのこと。
「3Bの汐原です。」
一応礼儀に倣って頭を下げると、そんなあたし仕草を追うように不躾な視線を投げられた。興味か奇異かは分かりかねるが、どちらにせよ気持ちのいいものではない。はっきり言おう。不快だ。
その不快感を隠そうともぜす顔を上げ、跡部と視線を合わせる。身長差の関係から少し見上げるようになるがあたしの不快感は伝わっていただろう。目の前の彼は一つ舌打ちをしてから、本題を投げかけた。
「女子生徒の格好をするのはやめろ。」
鋭い目つきは言葉遣いにも現れていて、随分とトゲトゲしい印象だ。
理由を聞かず、一蹴か。
グツグツと怒りが湧き上がる自分の沸点が低いのは自覚していた。女装の理由を聞かれた所で答えられる筈もないが頭ごなしに否定されるのはまた、なんとも言えない。
悲しいなんて、思わなかった。
生まれてこのかた、ずっと男として生きてきたこいつにあたしの気持ちが分かると適当な事を言われた時の方があたしの怒りに火を付けるのだろう。それで尚、理不尽な押し付けを受けたようでグツグツと怒りが湧き上がる。
あぁ、今、あたしは目の前のこの男よりも年上なのだ。年上の余裕を見せつけなければ、いけないのに。そうすればするほど、自らの首を絞め上げる。断る、とそう一言言ってしまえばいいものを、下手な理性が大人気ないと窘める。
ならばどうすればいいのか、と逡巡する間にも跡部の苛つきがこちらにまで伝染していく。
「あたしは、誰が何と言おうとこの格好をやめるつもりはない。」
言い聞かせるように、ゆっくり、はっきりと発音する。それは自分自身に言い聞かせているようにもとれる声色で、結局大人気ない言い方をしてしまったと己の罪悪感を掻き立てた。
「それは、てめぇが女だからか?」
「そう、あたしが女だからよ。」
ジリっと胸の中の何かが、跡部の言葉を皮切りに燻り始める。思わす即答したそれに、疑問を抱く間もなく、帰れと言い渡された。身勝手な奴だ。
それでも、何故と疑問が回り始めたあたしには願ってもいないことだった。