その少年、少女につき。
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ちょっと出かけてくるね、とリビングで夕食の支度をする母に声をかけて再度外に出る。やはり家の前の道路には薄く雪が積もっていた。
降り積もったばかりなのだろう。誰の足跡もないそれに、自分の存在を刻み込むようにしてゆっくりゆっくりと歩いた。
ショートパンツと厚手のニーハイソックスの間、所謂絶対領域と呼ばれる部分を冷たい空気が攫っていく。寒い、冷たい。けれど胸は暖かかった。
戻ってきた、汐原琹という存在が確かな場所へ。けれど僅かに不安が広がるのは、あたしが女として存在したこの世界には跡部景吾が存在していないからだった。
彼は漫画のキャラクターだった。あたしは女だった。
それがあるべき姿だ。これが、正しい。
ポケットからスマートフォンを取り出す。昨日無視したはずの着信は履歴すら残っていない。あたしが踏みしめ歩いている道も、氷帝学園へ続いてはくれない。漸く受け入れた現実を、今度は元の事実が拒絶する。
もう二度と、彼に触れることはできないかもしれない。けれど涙は出なかった。最初はもう出し尽くしてしまったからだと思った。けれど違う。何故か、また彼に会えると、あたしは信じて疑わなかった。
十年後か二十年後か。もっともっと先かもしれない。けれどいつか、どこかの未来で必ず彼にもう一度会えると信じているのだ。
それでも胸に広がる寂しさに偽りは無い。迷子になった子供のようにきょろきょろと辺りを見渡して、跡部を探した。探して、探して。
そこに氷帝学園なんて存在しないと知っていながらも、残念ながら慣れてしまった通学路を辿り、更に奥へと進んでいく。冷たい空気が、歩き回ったことによって上気した頬を撫でる。相変わらずそれは冷たい。なんなら、痛いとすら思える程だ。思わず目を強く瞑る。
「……随分いい表情になったじゃねぇか。あーん?」
頬に誰かの手が添えられる。恐る恐る瞼を持ち上げた。
前よりも高い位置にある彼の顔。どこまでも透き通る、蒼。
「あと、べ。」
喉が引き攣る。今にも涙が溢れてしまいそうだ。
どうして、とか、なんで、とか。多分小さな声で漏れていただろう。そんな事どうでも良かった。
先程まで無かった筈の、やたら豪勢な校舎を背景に跡部が立っている。あたしは女としてここにいる。その事実だけが、現実だった。
一体どういう理屈なのか、なんて考えても分からないことはどうでもいい。この胸に広がる感情が、何よりも真実だった。
あぁこれでやっと、素直になれる。優しくなれる。
「……好き。跡部が、好き。」
「上出来だ。琹。」
跡部の嬉しそうな声色に、ゆっくりと瞳を閉じた。