その少女、少年につき歓喜
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思い知らされてしまった。
あたしがどう主張しても、周りは、跡部はあたしを女だとは認めてくれない。況してや、自分の身体自体が女であることを否定するのだ。もう、その事実を拒絶できなくなってきていた。
「……どうして。」
先日の跡部との一件があってから、あたしは学校に行っていない。
何をするでもなく部屋に引き籠っていた。
ゆるりと親指で乾燥した唇をなぞる。あの時、確かに彼の唇がここに触れた。意外と柔らかかった感触が忘れられない。時折こうして指先でなぞるだけで、ばくばくと心臓が音を立てた。
跡部は、あたしのことを男だと言った。彼のあたしへの仕打ちも、確かに男だと分かっていたからこその仕打ちだった。
けれど最後のあの、キス、だけは。
「普通、男にキスなんてしない、よね。」
あんな、あたしから全てを奪うようなキスなんて。
どうして、どうして。と考えに考えて数日。跡部の気持ちなんてあたしが知るわけもないのに、あたしは答えを知っていた。知ってしまった。
それに気が付くと何とも現金な心が、男のままでもいいや、と耳元で囁いているのだ。女でも男でも、跡部の傍にあれるのなら、それでいいや、と。あれ程男であることを拒んでいたのに。
女という事実だけが、あたしのステータスだった。彼よりも年上だという事だけが、あたしのプライドだった。けれど今は。
「跡部が好きでいてくれるあたしだったら、それだけで、価値がある。……でも。」
もう一度自分の指で自分の唇をなぞる。噛み切った唇にできた
跡部の傍に居たい。跡部に傍に居てほしい。だからこそ、あたしは女でありたかった。世間体を気にすることもなく、法律に阻まれることもなく。ただ彼と平穏に過ごしていくために、あたしは女でありたかった。それは叶いはしないけれど。
一度口にしてしまった感情は留まることを知らない。溢れて溢れて、欲張りになっていく。跡部の言葉が欲しい。あたしを好きだ、と。男のままでいい、と。跡部の口から聞きたい。
けれどそれを望むには、彼の立場もあたしの立場も脆かった。
御曹司である跡部が男が好きだというのは世間が許さないだろう。そしてあたしも、漫画のキャラクターが好きだなんて許されないだろう。ならばきっと、あの日のことは無かったことにして今まで通りの、不愛想なあたしとそのあたしのリードを握る跡部に戻った方がいいのだ。
ぼふん、と起こしていた上体をベッドに沈めた。
「そんな事、分かってる。」
跡部のために、あたしのためにどうしたらいいか、なんて。考えなくても分かっていた。けれどあたしがここ数日学校に行けないのは、熱に浮かされるからだ、どうしても、あの時跡部に触れた唇の熱が彼を諦めさせてくれない。欲しい、欲しいと誰の為にもならない感情が彼の前に立つことを許してくれなかった。
ブブブとマナーモードにしているスマートフォンが着信を告げる。今は出る気にはなれない。鳴り続くそれを無視して瞼を下ろす。また明日、考えればいい。
一瞬だけ見えた"跡部景吾"の名前に、暫く胸が煩かった。