黒い帽子と夕焼けの色
name input
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
黒い帽子。私より遥かに高い位置の視線。
初めて見る人間では無かった。先程の、私が追えない程の球を打った人間。私がこんな間抜けな最期を迎える原因となった人間だ。
あぁ、そうだ。この人間の所為だ。
この人間があんなに速い球を打たなければ私がこんな事になる事は無かったのだ。最期に文句の一つや二つ言ってやらないと気が済まない。私はみゃーみゃーと落ち着けた筈の腰を僅かに持ち上げながらじろりと人間を見上げる。
その私の不満げな表情に気がついたのか人間は私の側に膝を着いた。
「成る程、抜けんのか。」
そう言いながら人間は私の頭に両の手を当て、私の耳を折り畳む様にしてフェンスの穴の隙間へと押し込んだ。
その際に人間が手にしていた、丸い枠に持ち手の付いた何やら網の張ってある平べったい物はカランと地面に転がされていた。先程、人間はこれで球を打っていた筈だ。
私はそれをじっと見ていた。興味と言えば興味だ。色は違えどどの人間も同じ物を使っていた筈なのに、どうしてこの人間だけがあれほど速い球を打っていたのか。不思議でならない。
どうして、どうして。私が答えを求めるように黒い帽子の人間へと視線を向けると、その人間はむっと鳴いた。
「そのまま腰を引け。」
この人間は何を言っているのだろうか。
散々試した結果、それが意味を成さない事など疾うに知っている。それならば無意味に体力を消耗しない方が多少は長生き出来るのに。
「さっさと腰を引かんか!」
突然の大きな声にびくりと反射的に肩を跳ね上げ、腰を引いた。唐突に大きな声を上げるなと、じとりとした視線を人間に投げた時はた、と気付く。
(首が、抜けている。)
ふわりとした開放感にじわじわと喜色に染まっていく思考。あぁ、私は生きている!
この人間のお陰で。この目の前の人間の!
先程の絶望から一転。くるりと尻尾を追うようにして一周するも、それを咎める物は何も無い。それがどれだけ幸せな事か!
私はもう抱える事の出来ない程の感謝を込めてかしかしとフェンスに手を当てる。これさえ無ければすぐにでも側に駆け寄ってぺろぺろとその指先を舐めてやるのに。あぁ、もどかしい。
私がそうこうしている間に、人間は誰かに呼ばれたのか膝を持ち上げ私に背を向けてしまった。そしてそのまま夕焼けに溶けるようにして先程の場所まで戻って行く。
それならばお礼はまた後日にしよう。今度はニオーではなく、別の人間に会いに来る用事が出来たなと当初の目的とは大分かけ離れたがふにふにと上機嫌に塀をよじ登った。
そう言えば先程の人間はサナダフクブチョーと呼ばれて振り返ったな。と言う事は。
(あの人間はサナダフクブチョーと言うのか。)
鼠の一匹でも咥えて行けば、サナダフクブチョーは喜んでくれるだろうか。
2/2ページ