夢にまでみた恋だった
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「謙也くんごめん!!」
バン、と力任せにドアをずらして、中に彼がいる事も確認せずに謝罪の言葉を口にした。私のこの態度は明らかに寝坊しました、と言っているもので。今更取り繕ってももう遅い。私を出迎えたのは、笑い声だった。
「なんや、汐原寝坊したん?」
「……うん、ごめんなさい、謙也くん。」
彼の声には非難の色も侮蔑の色も込められていなかった。ただただ、楽しそうで、優しそうで。私の謝罪に、彼は皮肉すら言わなかった。
「別に気にせんでええけど……あーでもあれや、折角やし罰ゲームでもしとくか?」
ばつ、げーむ、と一瞬頭で変換ができず、オウムように繰り返す。
「せやせや、罰ゲーム!ジュース一本奢りな!ほしたら今から買いに行こか。」
日誌取りに行くついでやし、と謙也くんは私の返事を待たずに教室を出て行く。
果たして購買にある自販機までの、短すぎる距離を二人で歩くデートは私にとって罰ゲームなのだろうか。奢りといっても200円にも満たないものだし。寧ろそれは、ご褒美だ。
私は緩む頬をそのままに、つい先程目の前から消えていった謙也くんの背中を追った。慌てて廊下に出たものだから、スクール鞄を背負ったままで、それを見た謙也くんにまた笑われる。
待っとるから荷物置いてきぃ、とせっかちな彼からは珍しい言葉をいただいて、教室に入った。再度廊下に出ると、彼はまだ笑っていたけれど、その笑いは馬鹿にしているものではない。
羞恥に目尻が熱くなる。頬が紅潮しているのが自分でも分かった。
「謙也くん、早くしないと部活に遅れるよ!!」
それを誤魔化すように口にした台詞は、寝坊したお前が言うな、と言うようなものだったけれど謙也くんの意識を逸らすことには成功したらしい。ハッと顔を上げて急ぐで、と慌てて廊下を駆けて行った。
それを追うもスピードスターの名を欲しいままにしている彼に追いつける筈もない。次に彼と合流したのは目的地であった自販機の前だった。ちゃんと職員室に寄ったのだろう、彼の手には日誌が抱えられている。
「……ぁ、はぁ、謙也くん、どれにするか決まってる?」
切れた息を整えるのもそこそこに、自販機に100円玉を二枚、投入する。そしてお好きなのをどうぞ、と言わんばかりに自販機の前を譲ると彼はスポーツドリンクのボタンに人差し指を当てて、そのまま止まった。指を離して、もう一度当てる。どれにしようか迷っているようには見えないのに、取り出し口にドリンクが落ちてくることはない。様子が変だ、と声をかけようと口を開くもそれは遮られた。
「あ、あんな、汐原。」
気がつけば彼の耳朶は真っ赤に染まっていて、自販機に向いている彼と視線は合わないまま時が流れる。謙也くんは一つ大きく息を吸った。
「俺、お前のことめっちゃ好きやねん!」
付き合うてください、とか細くなる彼の言葉をがこん、と取り出し口に落ちるペットボトルの音が遮る。まだ、私は夢の中なのだろうか。こんなの。
頬を抓る。痛い。それでも目の前の景色は変わらなかった。
あぁ、私も。
「謙也くんが、好きです。」
漸くこちらに向いた彼の顔は、私の涙で歪んでいた。
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