もう一度触れたい
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「ありがとう、琹ちゃん。」
「え……、どうして名前……。」
戸惑いで視線を彷徨わせる彼女ともう少しだけ話していたかったけれど、コートの中から僕を呼ぶ英二の声が聞こえてきたものだから、後ろ髪を引かれる思いで琹ちゃんに背を向けた。それでも彼女の問いかけを無視する気にはなれず、顔だけで振り向く。
僕が彼女の名前を知っている理由なんて、そんな物。
「ずっと、見てたからね。」
目で追って、聞き耳を立てて。彼女に関する事を逃さないように。
ボールを収めた掌には、彼女の指先の熱が残っている。そう、それすらも逃さないように。
琹ちゃんの反応を待っているとコートの中から英二が痺れを切らしたように再度僕の名前を呼ぶ。あぁ、もう少しだけ、と思ってもそろそろコートに戻らないと手塚の声まで飛んできそうだ。僕は琹ちゃんから顔を背け、前を向いて歩き出した。
少しずつ琹ちゃんとの距離が広がる度に、先程の彼女の熱を逃すまいと握りしめた掌から彼女の熱が奪われていく。ほんの一瞬の、僕よりも少しだけ冷たい指先の熱が恋しい。
本当は、あの指先を絡めとって僕の指を絡めて、もう二度と離さないと言ってしまいたかった。じり、じり、と胸を焦がすのは、全てを燃やし尽くしてしまうには低すぎる彼女の体温だった。
「不二〜!遅いぞ!!」
「おまたせ。じゃあ練習を再開しようか。」
コートに入り頬を膨らませる英二に謝罪を口にして、握り込んだボールを頭上に放り投げる。その動作で僅かに残っていた彼女の体温は完全に離散してしまった。ほぅ、と口を吐いた溜息は完全に落胆で肩を落とす。
それでもチラリと横目でギャラリーを確認すると、まだ琹ちゃんはそこに居て、僕たちの方を見ていたものだから。
ちょうど目の前に返ってきた球をガットの上に滑らせて英二に打ち返す。英二はその跳ねない球を見送って、ギャラリーは沸いた。あぁ、彼女は喜んでくれただろうか。
「つばめ返しはずるくにゃい?」
「クスッ、ごめん。」
ちょっと本気を見せたくて、とその言葉を呑み込む。本音は、もう一度英二が打ち損ねてくれないかと思っていたのだけど。残念ながら彼は見送るに留めてしまった。
「……残念。」
僕の独り言を拾って、英二がにゃにおー!と奮起する。けれど僕も、もう一度彼女に触れる口実が欲しいから。
「本気で行くよ。」
先程よりも腰を落として、真っ直ぐに英二に向き直る。結局僕たちは大石が止めに入るまで、ラリーと言う名の試合を繰り広げていた。
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