その少女、少年につき困惑
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「汐原、ドリンク。」
跡部のいつものように差し出される手に、無言でドリンクボトルを押し付けた。以前のように返事は、しない。目も合わさない。跡部から出された命令には、無言で従う。それがあたしの決めたルールだった。そうしないともう、息が出来ない。
「汐原、球拾い。」
「……。」
跡部の命令に、何の反応も見せずコートへと向きを変え球拾いを始める。彼がどんな表情をしているかは分からなかった。ただ少しだけ跡部の声色に苛立ちが含まれているような気はした。チッとあたしの耳を掠めた舌打ちは聞かなかったフリをする。そうしないと、もう、まともではいられない。
あたしの変化に気づかれないように目を逸らした。だって、この気持ちは。
「……汐原。」
呼ばれた名前に身体を跡部の方に向ける。相変わらず顔を上げないまま跡部の指示を待った。じっと跡部のつま先を睨みつけるように見続けるが、それでも跡部の言葉の続きは降ってこない。普段ならこちらから催促をするが、あたしが勝手に決めたルールがそれを許さなかった。だって、口を開いたら。
「……チッ。……来い。」
「え……っ?」
数分の根比べの末、跡部は急に手首を掴んでその長い脚でつかつかとコートを出て行く。思わず小さく声を上げ、顔を跡部の背中に上げてしまう。たったそれだけで頬が紅潮するのが分かった。気づかれたくない、のに。
コートを抜けて、グラウンドから昇降口を通り廊下を進んで、跡部が開いたのは生徒会室の扉だった。あたしが初めて跡部に反抗した場所。少々苦い思い出に表情が歪むのは許して欲しい。だけどあの出来事が無ければ、あたしは跡部に出会うことは無かったのだ。
あぁ、違う。
きっと出会わない方が良かったのだ。だってあたしは。
「おい。」
苛立った声、それを無視しようとした瞬間。今まで掴まれていた手首を力強く引かれる。引力に従って放り出された身体は、ドサリと音を立ててソファに沈んだ。その上に重量が乗る。
「……いい度胸じゃねーの。アーン?」
「……っ、!」
跡部はソファに投げ出されたあたしの身体を押さえ込むように上に覆い被さる。右の膝をあたしの足の間に差し込み、両手を顔の横へ。
「どうして目を合わせねぇ。」
その問いかけに答える代わりに、あたしが抵抗の意を示して彼の胸板を押すと彼の右手はあたしの両手首を纏めて頭上へ縫い付けてしまった。それでも頑なに視線を合わせまいと、声を上げまいと下唇を噛みしめる。ぷつり、と唇が切れた感覚がした。口内に血の味が広がる。
ごくり、と唾を飲み込んだ。