黒い帽子と夕焼けの色
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「常勝立海大!」
リッカイの近くの道を歩くと時折そんな言葉が飛んでくる。いつも決まって空が水色から橙色に変わり始めるこの時間の事だった。
あぁ、そういえば最後にリッカイに赴いたのはいつだったっけ。最近は季節柄だろうか、餌が豊富で、態々ニオーに強請りに行く事も無かったから、なんだかんだ一、二週間は足を運んでいないような気がする。
久々にニオーに構ってやらない事もない、と踵を返していつもの場所の塀に飛び乗った。ざりざりとした塀を伝い、裏路地へ出るために一度地面に降りる。少し歩いて出来る限りの脚力で地面を蹴り上げ、塀の縁に両の前足を掛けるとずりずりと後ろ足で塀をよじ登った。
そこまでして漸くリッカイの大きな建物が見えるようになる。けれどまだ、ニオーの居るであろう裏庭からは距離があった。
目の前には拓けた固い地面。薄汚れた白い地面に飛び降りると普段なら迷わずニオーが居るであろう裏庭へ向かうのだが、何を思ったか私は声のする方へと足を向けた。柔らかな土を歩く時とは違う、微妙に太陽で熱された地面が私の柔らかな足裏を焼き、長く足を付けていられないと足早に目的地へと急ぐ。そこには多くの人間が居た。
皆が皆、何やら黄色い球を必死で追いかけて行く。猫みたいだ。私も動いている球を本能的に視線で追った。右へ左へ。忙しなく移動するそれを追うことは難しくない。私は夢中で球を追い、気が付けばフェンスの穴に頭を突っ込んでまでいた。
パコンパコンとあちこちで間抜けな音が鳴る。その全てを視線で追っていたが、不意に私はふみゃっと間抜けな声を上げた。
見えなかったのだ。
猫である、私が、だ。全ての球を追っていたのに、その一つだけ、気が付けば反対側に移動していた。
それは本当に一瞬で、そして永遠とすら思えるようなそんな矛盾した感覚だ。ぽかんと世界に取り残されたような曖昧で微妙な不安感が私の小さな心臓を握り込む。あぁ、何て恐ろしい。
猫の私が追えない物なんて。
私は早々にその場を立ち去ろうと、フェンスの穴から頭を引っこ抜こうとして声を上げた。
「みゃっ?!」
かしゃかしゃと音が鳴るだけで首元の開放感は無い。もしや、まさか。私のぴんと立った耳が引っかかり、首が抜けないとでも言うのか。
否、そのまさかだ。
あぁ、どうしよう。
仔猫の時であったなら、母猫が呆れたように首根っこを引っ張り助け出してくれただろう。けれど私はもう、立派な猫で、頼れるような親族も居ない。あぁ、悲しいかな。数年の私の命はここで終わってしまうのか。
私が諦めたようにその場で腰を下ろすと、ぐえっと首が僅かに締められる。あぁ、何と遣る瀬無い。私は静かに目を瞑る。
「むっ。」
そして聞こえた声に微かな希望を持って瞼を持ち上げた。