小魚戦争
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吾輩は猫である。名前はまだ無い。
なんて思案したとしても、この重たく陰った空が明るくなることは無い。そんなことは重々承知でふにゃーと鳴いてみた。
いつから自分が猫であるか自覚したか、とは覚えていない。気が付けば親猫と呼べる者はおらず、兄弟達は自立し生きるために群れることを止めた。本来は真っ白であるはずの毛は、薄汚れて灰色になり、パサついている。それをぺろぺろと舌で整え、本日の寝床を探しに立ち上がった。
最近の私のお気に入りは、リッカイと呼ばれる大きな建物の暗く陰った裏庭の木陰。日陰が気持ち良く、風がよく通る。今日もとりあえずそこに行ってみよう。
近場にあった水色のポリバケツに飛び乗り、更にそこからそびえたつコンクリートの塀を超えるとリッカイまではすぐそこだ。
(今日はいるかな。)
できるだけしなやかに腰をくねらせ背を伸ばす。ふにゃーと気の抜けるような声が出た。
「なんじゃ、猫。お前さんまた来たんか。」
猫、と呼ばれた声に塀を飛び下り、私を呼んだ人物に近づくと、その人物は指を丸め手の甲をこちらに差し出してくる。くんくんと鼻を鳴らせば、くるりと掌を返して開いた。
「ええよ。食べんしゃい。」
干された小魚が三つ。その大きな手のひらにちょこんと佇んでいる様にふにゃふにゃと笑い声を漏らして口を寄せると、ぐっと鼻先ごとその手を握りこまれる。むごっと声にならない悲鳴を上げて、じとりとその手の持ち主を睨みつけた。
私と同じ白い毛がふわふわと動く。時折ちょんぼりと一房だけの長い髪がゆらゆらと揺れた。思えば、私を猫、と呼んだのは、このニオーとかいう人間が最初だったような気がする。今日のように偶然ふらりと立ち寄ったこの場所で、今と同じく私に意地悪をした。そのくせ、私が去ろうと腰を上げると頭を少し強い力で押し込めて、もう少しここにおりんしゃい、と追加の小魚を手のひらに乗せる。意味が分からない。
何はともあれ、今はニオーの手に握られた小魚をどうやって手に入れるかだ。私はこれを目当てに来ているのだから。
私の鼻先を掴む手の甲を、爪を立てないように肉球で押しやる。右の前足でやっても左の前足でやっても効果は見られない。それならば、と尻尾をびたんびたんと地面に打ち付けるが、それはニオーを喜ばせるだけだった。どうにもこうにも打つ手がなく、ヴーと喉を鳴らすと、漸くニオーは私の鼻を開放する。
「すまんすまん、ほれ今度こそ食べんしゃい。」
ニオーはずい、と手のひらに小魚を追加して差し出してくる。仕方ない、今日はこのくらいで許してやろう。
さみさみと香ばしい小魚の風味を堪能して、何も無くなったニオー手のひらをペロリと舐めた。少ししょっぱい。もう少しくれと、ニオーを見上げるとダメじゃと額をつんと突いて、ニオーは立ち上がってしまった。
「すまんのう。もう少し構ってやりたいんじゃが、そろそろ授業なんじゃ。またの、猫。」
ニオーの白い毛が薄い雲に覆われた太陽に近くなったからだろうか、先ほどよりキラキラと輝く。私の毛とは大違いだ。
ニオーがジュギョウに行くのならここに居ても仕方がない。私はニオーが進んで行った方向とは反対の塀に飛び乗った。