case3:自傷しない女
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「……いうんが、白石部長の修羅場の真相らしいっすわ。」
「そうなん。」
直前の授業の片付けを担当教師から押し付けられて休憩時間返上で片付けをしとったら地味に関わりのある後輩が入って来たもんやから、ナイスタイミングとばかりに最近話題になっとった事の真相を聞いてみる。
同学年の白石がえらいモテるんは有名な話やし、実際あたしも白石に惚れとった時期もある。めっちゃ顔ええし、性格もええしな。
あたしが白石の事を諦められたんは、ある意味、今現在視聴覚室で好き勝手やっとる後輩のお陰や。あんな高嶺の花、あたしが相手にされる訳あらへんし、何より、財前から謎に報告される白石の周辺で起こる修羅場に身を投じる勇気なんぞこれっぽっちも無い。
「せやけど、白石も大変やな。」
片付けを終わらせて壁にかかっとる時計に目を向けると、まだ時間はある。あたしは財前の隣に腰を下ろした。
財前があたしに話した内容は、最近生徒の間で話題になっとった、とある女子生徒がいじめられとるっちゅう話の真相やった。
その女子生徒は席替えで白石の隣の席になった女子で、運が良いといえば良いんやろう。勿論、その程度でいじめる程、常識に欠けとる生徒は居らんし、事実、彼女はいじめられとらんかった。財前曰く、自作自演らしい。何度か廊下ですれ違う程度しか関わりは無いけど、それでも分かるくらいには傷だらけで、白い肌よりも白い包帯が痛々しかった。
「ようやりますよ。包帯の下には実際に傷があったんやから。」
「ほんまやね、痛かったやろうに。」
自作自演と聞いて、他人ながらにもほっと胸を撫で下ろしたんは、傷が無いんやと思ったからやった。包帯を巻かれとるだけでその下は無傷なんや、と。せやのに、実際に傷はあったらしい。自作自演の決め手となったんは、それらの傷が、全部彼女の利き手と反対側にあったからやった。
「汐原さんはやらへんのです?」
唐突に隣の財前がヘッドフォンを外してこちらを見てくる。もう少しで教室に戻らんと、流石にご飯を食べ損ねるで、と口にしようとした矢先やった。
その言葉は不穏で、それやのに、妙に艶めかしい提案やった。
「……やらへんよ。白石の事は諦めとるし、別に誰かの気を引きたいわけやないしなぁ。」
「まぁ汐原さんはそんな度胸持ち合わせとりませんよね。」
「失礼やな。」
後輩の癖して生意気極まりない後輩を睨みつける。財前はどこ吹く風で再度ヘッドフォンをつけた。
あたしは自分の筆箱の中身にカッターナイフが入っとる事を思い出して、止めた。自分の手首にそれを滑らせたところで、目の前の後輩は変わらんやろうし、何より痛い。それは嫌や。
ほんま、分かっとんのかな。あたしが何で視聴覚室をよく使う教科の係を選んだんか。
そんなん、あんたがよく視聴覚室に来るからやん。
白石みたいに顔がめっちゃ良い訳やない。先輩相手に自傷を勧めてくるような奴やし、生意気やし。そんでも、白石部長は止めといた方がええですよ、と初対面で言うたこいつの不器用な優しさが、どうにも胸を焦がした。
あの時、確かにあたしは白石の事で泣いとったんやから。
それ以来コイツはあたしを見かけては、白石の周辺で起こった修羅場や、白石の悪手な対応を話すために声をかけてくるようになった。絶対に白石のええとこは話さんかった。そんでも白石の悪口を言うんやなくて、あくまでもこんなことがあった、白石がこんな対応をしたと事実だけを教えてくれたから。あたしは白石を嫌いにならんと諦められた。全部、財前のお陰やと分かっとるから、あたしの恋心は白石から矢印を変え、隣の男に向いた。
(ええ加減、お腹空いたなぁ。)
チャイムが鳴るまではあと三十分を切ってしもうた。そろそろ本気で教室に戻らんと昼食を採る時間は無くなってしまう。
「……あぁ、せや。汐原さん。」
「なん?」
「今すぐ二人分の昼食持って来るんやったら、自傷なんかせんでも構ったりますよ。」
生意気な後輩の言葉に、あたしは間髪入れずに席を立った。
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