知ってるよ、好きだから
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先生がつらつらと滑らかに紡ぐ子守唄にうとうとと微睡む暇もなく、右隣の席から三つ程前に数えた所の席に着く彼を見つめる。さらりとした梅酒、ではなく、さらりとした明るい色の髪を耳元で切り揃えた彼の、きりりとした視線が向く先は、彼の隣から三つ程左に数えて更に二つ前に行った席に着く女の子だった。
彼女は、日吉くんの、好きな人。
見ていたら分かる。だって彼は、私と同じ表情をしているのだ。瞳に優しさを讃えて、口では彼女を否定していても態度では絶対に傷つけたりしない。ゆるりとほんの数ミリ程度口角を持ち上げるだけの、分かりにくい微笑みを向ける。それは、私にでは、ない。
真面目な彼が、授業そっちのけで視線を向ける。とても羨ましいと思うと同時に、それはとても残酷な事実だった。
彼女に触れる指先が震えているのも、不器用ながらに傷つけまいと言葉を選んでいるのも。全部全部、気づいている。
それでも言葉が見つからないのか、結局冷たい言葉を紡いで、後から自己嫌悪しているのも、気がついている。
だって、だってね。
私だってこうして授業そっちのけで見つめてしまうくらいには、日吉くんのことが好きなんだよ。
彼を見つめて、目が合ったらどうしようとも思うけど、あり得ないとも思っている。彼が振り向く事はない。私の視線に気づくことなんて、絶対に無いのだから。
それでも気づいて欲しいと思うのは、私の一方的な我儘だろうか。琹と呼んで欲しいと、私と話している時くらい彼女から視線を外して欲しいと、そう願うのは。
「汐原、前に出てこれを解いてくれ。」
急に先生に呼ばれて、裏返る声で返事をするとクスクスと彼方此方で揶揄いの声が上がる。羞恥心から顔を俯きがちに下げながら前に出た。
その時に必然的に日吉くんの席のすぐ隣を通ると、かちりと彼と視線が合う。
俯きがちだった私の視線と、恐らく周囲の笑い声に何事かと顔を上げた彼の視線が、偶然。
初めてのような気さえする出来事。私はすぐに逸らした。
だって、初めてかち合った彼の視線に私は気づいてしまったのだ。あぁ、違う。本当はきっと、もっとずっと前から気がついていたのだ。
私を写す彼の瞳に、優しさなんて滲んでいないことに。
最初から勝ち目なんて無かったんだ。
黒板の前に立って、目の前の問題を解こうと必死に思考を働かせる。中々解けない。普段なら、容易く解ける筈なのに。
(……好きだよ、ってそう言ったら。)
彼は私の事を想ってくれるだろうか。振り向いて、くれるだろうか。
(無理、だよね。)
だって、私は、ずっと前から知っているのだ。日吉くんが、好きだから。
(私の恋が叶わないことくらい、知ってる。)
結局無理やりに出した答えは間違っていた。
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