君に繋がる赤い糸
名前
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他人の小指に赤い糸が見えるようになって早くも1ヶ月。
漫画のネタに使えるよね!と喜び勇んでいたのもつかの間、名前は最近自分の赤い糸まで見えるようになってしまった。これに関しては全く困ったことになった。
クラスの人の赤い糸はもちろんのこと、「え!?この人とこの人!?」とドキドキするような繋がりも知ってしまった。
ひとり楽しく胸を高鳴らせミーハー根性よろしくしていた訳だが、それは所詮他人事だったので楽しめていたことで、名前は自分の赤い糸が見えるようになってしまったのであの興奮はひっそりとナリを潜めてしまった。
もし、ただの友人だと思ってた人と繋がっていたら?その人に別の想い人がいたら?もしくは、全然生理的に受け付けない人だったらどうしよう。
そう考えるだけでまるで締切前にベタ塗りもトーン貼りも終わってないあの地獄を思い出して冷や汗が額ににじみ出るのだ。
そもそも、赤い糸は言い伝えほど強力ではなかったのがこの一ヶ月観察してわかったことだった。
その赤い糸は必ずしも一人につながっている訳では無い。
さらにそれらを踏まえた上で名前は不安になったのだ。
と、言うのも、名前が最近見た赤い糸事情で、隣のクラスの苗木と舞園、霧切の例がいいと思う。
まず最初に苗木と舞園が赤い糸に繋がっていた。しかしどこかのタイミングで苗木の反対の手にもう1本赤い糸が繋がっていた。その先にいたのは霧切だった。
そのまま暫く観察を続けるとその三角関係が先日自身で描いた少女漫画のごとく盛り上がり始め……結局苗木とお付き合いを始めたのは霧切だった。
その頃にはもう赤い糸は苗木と霧切しか繋がっていいなかった。
一方舞園は別の人と赤い糸が繋がっていた。今まで見ている限りあまり仲の良くない桑田とだった。これにはさすがの名前も驚いて二度見をした。まさかのセカンドヒロインに救済があるとは、と。
つまり、運命の人は2人いるのだ。手は2本ある訳だし、そう考えればいてもおかしくはない。
それから色々な人の観察を続けると左手の小指同士で繋がっていると確実に上手くいくことが分かった。
先輩に十六夜と安藤のカップルがいたが、あの2人も左手の小指で赤い糸が繋がっていた。確かにずっとラブラブである。
右手は恋、左手は愛の象徴なのだと勝手に名前は解釈した。
そして、それらを踏まえた上で………名前の赤い糸は左手から伸びている。
運命の相手がいる。しかも近くに。
名前はいつか来るのかわからない、少女漫画の様な理想の日々に思いを馳せつつ、緊張からくる胃痛を治めるために薬を服用するのであった。
***
ついに自身と繋がってる人物を見つけることが出来た。
が、彼は右手にも赤い糸が繋がってた。
まさか隣のクラスの最原に繋がっているとは思っていなかった名前は放心した。
ふたり仲良く会話している最原と赤松が付き合ってないとは言えいい感じなのはある意味学年承知の事実であったからである。
そのためにー……彼らの右側同士でつながっていた赤い糸を見てトキメキは徐々に薄れていった。そして深くため息を吐く。何も見なかったことにしよう。人の恋愛を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまうのだから、と名前は踵を返したのだった。
***
緑色のセーラー服のプリーツがひらりと揺れたのが最原の目に入ってきた。
「あ、」
「どうしたの最原くん?」
あの目立つ濃いめの緑のセーラー服は名前のもので、後ろ姿でも分かってしまう。
最原は何故かいつも彼女を目で追ってしまっていた。
会話もろくすっぽしていないのに不思議な話だが、彼女が視界に入ると必ず見てしまう。いや、もしかしたら自分が彼女を探しているのが正解なのかもしれない、と自身で推理した。
「いや、名字さんがいたから」
「ああ!超高校級の少女漫画家さんの。友達なの?」
「いや、その……」
最原は帽子のつばに手をかけて言い淀んだ。なんて言っていいか分からなかったからである。
「もしかして、好きなの?」
「いや、そういう訳じゃなくて……」
「んん……?煮え切らない返事だね?」
「その、さ……気になってはいるんだけど好きとかそういうんじゃなくて」
「興味があるってことね!」
「う、うん……そうかな……」
そう言えば赤松は楽しそうに笑った。まるでおもちゃを貰った子供のように。
最原は暈して誤魔化していた気持ちを赤松にすっぱりと矯正されて気恥ずかしさでいっぱいだった。これは自分と仲の良かった男友達にも言っていない事だったので、余計に。
「それなら、お話した方がいいんじゃないかな」
「ど、うして、そう言う話になるの!?」
「だって気になるんだよね?好きかどうかもお話したら分かるかもしれないし……」
「そうだけどさ……」
「気合だよ最原くん!それに、別に恋愛感情じゃなくても、お友達が増えるのはいい事じゃない?」
「う、うーん……」
あまり自分に自信の無い最原は迷った。まさかこの話をしてこんな発展をするとは思ってもみなかったからだ。女子は恋バナが好きだとは知っていたけどここまでアグレッシブになるものなのかと驚きもあった。
じっと悩み続ける最原に、
「もー、最原くんってば案外ヘタレだね!」
と若干毒を吐きながら赤松は最原の背中をグイグイと押した。遠くには未だ名前が歩いていた。彼女が歩く先には図書室がある。おそらく図書室で資料を探したりするのだろう、とここまで考えて思考が止まった。
なぜここまで自分は彼女の行動パターンが思い浮かぶんだろう?依頼で調べたわけでもないのに………。
しかしそんなことは赤松には関係のない話だった。せっかく面白いことになりそうなのにウジウジ悩む最原に畳み掛けるように声を掛ける。
「図書室で少し声かけてお話しておいでよ!」
「ち、ちょっと赤松さん……!」
「頑張れ!」
案外力の強い赤松に物理的にも精神的にも押されて、最原は図書室に渋々足を運んだ。
声を掛けないと赤松は怒りそうだし、かと言って今しがた彼女に対しての気持ちを自覚したばかりの最原には話しかける勇気もなかった。
どうしよう……グルグルと悩みながら不自然にならない程度に歩いていると、近くのテーブルで何かを書いている名前を視界に捉えた。
すごい勢いでモノを書いては止まり少し不機嫌そうな顔で考え込む。そしてまたなにか書き出し止まり、考え込む。それを繰り返していた。
なんだか鬼気迫る表情に邪魔しちゃいけないような気がした最原はあっさりと帰ろうとする。
しかしたまたま顔を上げた名前と目が合った。
「あ、」
「……こんにちは。」
「こんにちは、」
つい声を上げると名前が挨拶してきたので最原は軽く会釈をしながら挨拶を返した。ただ、このあとに何を言えばいいのかわからず口籠る。
名前がなにかに驚いたように目を見開いて、その黒い瞳でじっと最原を見つめたが、
急にじっくりと見つめられた最原はなんだか黒黒とした大きな瞳に心の内を見透かされてしまうのではと勝手に居心地が悪くなった。
「……ど、どうかした?」
少し声が裏返ったような気もするが最原はそんなことを気にせず彼女に声をかけた。
「あ、いや!ごめんなさい!」
「…そっか。」
名前は少し目を伏せたがチラリ、と最原に視線を向けたが、お互いそのままなんて言えばいいのか分からず、無言の空間が場を支配した。
元々静かな図書室ではあったけれども、今回のこの沈黙はお互いになんだか気まずいもであった。
暫くの間。
「す、座れば?」
「うん……。」
名前は自分の前の席を指さして言えば最原はおとなしく席についた。
見間違えかと思ってガン見してしまっていたが、今回はテーブルの上に置かれた手をまじまじと観察することができた。
赤松と繋がっていたはずの右手の赤い糸が切れてなくなっていたことがしっかりと確認できた。
そして左手の赤い糸は先程よりも太く……なっているような気がする。
一体全体、私が目を離した空きに何が起きたのだろうか。そう名前が考えていると、もう彼と繋がっているのは私だけになったのだ、と心臓が跳ねる思いがした。
なんだか最原を意識してしまいそうで気恥ずかしいような嬉しいような、不思議な心持ちだった。
名前のネタ帳に目線を落とす最原に名前は自分から先手を打ってみることにした。
「何か用があったの?」
「あ、いや、その……さ……。」
なにか言い淀む最原に首をかしげた。
もしかして、赤い糸をどこかで引っ掛けてこちらに引っ張ってきてしまったのか?
そう思うと恐ろしく感じたのだが、最原は顔を赤く染めて意を決したように話した。
「名字さんと、話をしてみたくて……」
「え。そうなの?……今話す?」
「あ!でも、忙しいなら僕は出直すよ」
「人と会話してるとネタになることあるから、いいよ。お話しよう。」
「…うん。」
赤い糸効果なのかなんなのかよくわからないが、最原と謎に会話イベントをすることになった名前は、いつもの漫画のプロットが勝手に脳内で組まれていく感覚に襲われた。
もし、私が想像した通りにことが進むなら、どんな少女漫画にも引けを取らない運命になるんだろうな、と1人名前は考えていた。
幾分か話しやすい雰囲気になった場に最原はほっとして話を始めた。
「それって、なにを書き留めてるの?」
「んー、漫画のネタになりそうなものだよ。」
「なるほど。漫画家さんだからネタ帳を持ち歩いてるんだね。…………もし、よかったら見せてもらってもいいかな?」
「勿論だよ。」
スッと最原の方へ漫画のネタ帳を滑らせた名前は、思ったより会話ができそうで安心した。漫画家で基本的には引きこもりつつ他者と会話を控えていることから同年代の男の子とふたりきりで会話できてるのが不思議だった。
「赤い糸、」
「あっ!」
そういえば赤い糸のことをネタ帳に書きっぱなしだったことを思い出して焦りそうになったが、たしか、最原の名前は書いていなかったのでそのまま読んでもらうことにした。変な汗が吹き出るし、心臓もドクドク言っている。慣れないことはするもんじゃないな、と名前は思った。
「僕は少女漫画ってあんまり読んだことないけど……一人につき二本赤い糸があるって斬新な設定で面白そうだね。」
そう言って笑う最原に、貴方にも二本繋がってましたよ、とは言えなかったのでそれなら良かった!と笑うことにした。
最原はネタ帳のネタを読んでたくさん会話を広げてくれた。名前はこういう作品を読んだら一から十まで語りそうな人がとても好ましかったのでこの人と赤い糸が繫がっていて良かったなあと思うまでに彼に心を開いた。
もし、彼とお付き合いできたら、そう考えて名前は微笑む。
「赤い糸の話、次回作にしようかな?」
「うん、いいと思うよ!僕も読んでみたいな。」
もしかしたら、私と最原くんがそう云う関係になるのは早いのかもしれない。
今の作品が終わる頃までには、そうなりたいと彼の楽しそうな笑顔を見て強く思ったのだった。