今日も無事に1日を終え、部屋に戻る。
カバンの整理をしている時に、微かに振動を感じた。
それが携帯の震えだと気付くのにそう時間はかからなかった。
手にした携帯の画面に表示された文字を見て、私の顔は曇る。
母からの電話。
一瞬、何か緊急事態でも起こったのかと思ったが、多分いつもの愚痴を聞いてほしいだけだろう、と思い直す。
もしほんとに緊急事態だったら、母ではなく、姉か兄からかかってくる確率の方が高いだろう。
家を離れられている間くらいは、母の愚痴を聞かされずに済むと思ったのに。
せっかくいい気分でいられる合宿のうちだけは、母の話で気分を害されたくない。
そう思った私は、着信を見なかったことにして、そっと携帯をしまった。

しばらく先輩達と歓談をしていたが、それは無慈悲にも強制的に中断させられてしまった。
珍しく館内放送が鳴ったかと思うと、武田先生の声で、ロビーまで来るように、と呼び出しを受けたのだった。

「家から連絡って……どうしたんだろうね」
「大したことないといいね」

先輩達が心配そうに私を見送ってくれた。
軽く会釈をして、足早に部屋を出る。

さっきの電話はもしかたしたら本当に緊急事態を告げるものだったのかもしれない。
私は慌ててロビーへと向かった。

「武田先生！」

ロビーで待っていた武田先生は慌てた様子の私に少し驚きながら、ひとまず落ち着いてください、と優しく声をかけてくれた。

「お母様からお電話が入っていまして。君に取り次ぐようにとのことで。」

「すみません、ありがとうございます」

お礼を言って、差し出された職員用の電話の受話器を受け取る。

「もしもし、お母さん？どうしたの？」

姉や兄に何かあったのかもしれない、最悪の事態を思い描きながら電話に出た私を待っていたのは、酔っぱらって管を巻いた母だった。

『あー、美咲！やっと電話に出たー!!あんた携帯にもかけたのに出ないんだもんー!!』

声の調子に、緊急性は無いことを判断する。
これは、いつものただの愚痴だ。
なんでこの人はこんな時でも学校にまで電話してきてしまうのだろう。
少し離れたところにいる武田先生にも、私の脱力が伝わったのか、不思議そうな顔でこちらを見ているのが分かる。