春風/田中龍之介
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社交辞令だって確認するのが怖くて、田中くんの連絡先を聞けなかった。もし連絡先を聞いて、渋られたら、立ち直れない。
田中くんだって、私の連絡先を聞いてこなかった。それはきっと、彼の言葉が果たす気のない約束だってことを表しているんだと思う。
遠回しに振られてしまった気がして、玄関の扉を開けるのもやけに重たく感じた。
元々親しい関係じゃなかった。ただ偶然、地元を離れた場所で再会して、数か月顔を合わせただけの関係。それ以上でも以下でもない。ただの同級生、顔見知り。
「薄々分かってたけどさー……」
なけなしの勇気を振り絞った結果は惨敗。
まさかこんなに早く終わりがくるなんて思っていなかったから、泣きたいのに泣けなかった。
高校2年のあの頃から抱いていた、私の恋心はあっけなく真っ二つになってしまった。
玄関に座り込んで扉に背を預け、そこでしばらくぼうっとしていた。
すると、バタバタと足音が近づいてきて、玄関の前でぱたりと止んだ。そのすぐ後には、背中越しに振動を感じる。コンコン、と誰かが玄関をノックしている。
もう夜も遅い時間に、一体誰だろう。恐る恐るスコープを除くと、肩で息をしている田中くんの姿があった。
「……どうしたの?」
玄関を開けると、田中くんはまだ肩で大きく息をしている。田中くんが落ち着くのを待って、私は黙ったまま彼の目を見つめた。
「れ、連絡先、聞くの、忘れた!」
切れ切れにそう言って、田中くんはポケットから携帯を取り出す。
――『社交辞令』じゃなかったんだ。田中くんは、本当に、一緒にご飯に行くつもりだったんだ。
そう分かった瞬間、心がぱあっと明るくなっていった。幕が降りようとしていた、私の恋は、再び幕を開けた。
「わざわざ戻って来てくれたの?」
「おう! 交番じゃ連絡先交換出来ねぇしな」
「……ありがとう」
「? 別に礼言われるようなことじゃねぇよ?」
「……ふふ、そうかな」
田中くんは不思議そうな顔をしている。彼にとってはなんでもないことでも、私にとってはとても大きなこと。
たかが連絡先ひとつ、交換しただけなのに。
私はその日嬉しくて何度も田中くんの連絡先を携帯に表示させては彼の番号を飽きずに眺めた。翌朝にはすっかりアドレスもそらで言えるくらいになっていた。