春風/田中龍之介
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田中くんは即答せずにめちゃくちゃ悩んでいるようだった。それがいいことなのか、悪いことなのか。今の私には判断できない。
「いや、やめとくわ。ゴメン」
ゴメン、なんて謝らないで。なんかそう言われちゃうと余計悲しくなっちゃう。そう思ったけど、田中くんに気付かれないようになんでもないような顔をする。
「そ、そっか……。ごめん、そうだよね。彼女さんとかに悪いしね」
表情は努めてなんでもない風を装ったけれど、声に本心が現れてしまったみたいで、私を見る田中くんの顔が焦り出した。
「あ、いや! 彼女とかいねぇし! いねぇけどよぉ、その、やっぱ男が軽々しく女子の部屋に上がり込むっつうのは……」
咳き込みながら言葉尻を濁して、田中くんがそっぽを向く。
「佐々木さんにも言われたしな、『送り狼になるな』って」
「あっ……」
『送り狼』
その言葉の意味が分からないほど、子供じゃない。
でも田中くんは家まで送って帰ろうとしていた。それを引き留めたのは私の方で。
……ええと、逆の場合はなんて言うんだろう。
『送られ狼』? ……なんかちょっと変だな。
「あ、えっと、私もその、下心があるわけじゃなくって」
――嘘だ。少しでも何か先に進めれば、って思った。
「送ってもらったお礼したかったし」
――これは本当。だけどあわよくば、って思ってた。
「いつも挨拶だけだったからちょっと話出来たらいいなって」
――言葉を重ねれば重ねるほど、墓穴掘ってない? 私。
軽い女だって、思ったかな田中くん。男の人をほいほい部屋に上げるような子だって思われたかな。こんなことしたの、初めてなんだけどな……。
「お礼はいいって。俺が勝手に気回しただけだしよ。……けど、確かにゆっくり話してぇよな。いつもは俺仕事中だし」
うーん、と田中くんは考え込んでしまった。しばらく考えて、田中くんの出した結論は。
「……今日は、帰るわ。今度、飯でも行こうぜ」
「うん」
「……じゃ、じゃあな!」
「うん。送ってくれてありがとうね。またね」
帰って行く田中くんの背中を見送って、ため息をひとつ。
『今度飯でも』大人になってよく聞くようになった言葉だ。
きっとあれは社交辞令。果たされることはないまま、時間だけが過ぎていくやつ。
期待すればするだけ、傷ついてしまう、面倒なやつだ。