春風/田中龍之介
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――そういえば、最近このあたりで不審者が出たから気をつけろよなんて話を、こないだ田中くんがしていた。まさか、と思いつつギュッと鞄を握りしめて足早に歩きだす。
するとやはり、私とは別の足音が聞こえた。さっきよりも早い足取り。私のスピードに合わせてきているようだった。
振り返るのが怖くなって、とにかく急いで交番を目指した。幸い交番には灯りがついていて、私は慌てて飛び込んだ。
「黒崎さん、どうしたの?」
交番にいたのは田中くんでは無かった。田中くんの先輩の、佐々木さん。大柄な佐々木さんを見て、私はほっと安堵した。もし不審者が襲ってきても、佐々木さんなら撃退してくれそうな気がする。
「駅からずっと誰かが後をつけてきてるような気がして……」
青い顔で話す私に、佐々木さんの表情が一変する。それまで柔和だった顔は一気に険しい顔になった。
「交番の中でじっとしてて」
言って佐々木さんはライト片手に交番の外を窺った。
「うわっ?!」
「ちょっと話を聞かせてもらえるかな……ってお前、何やってんだ」
「え、いや、俺」
「ちょっとこっち来い」
佐々木さんはどうやら私の後をつけていた人物を捕まえたらしい。ズルズルと引きずられてくる人物に対面させられるのかと思うと少し怖かった。けれど……。
「あれっ、田中くん?」
「よ、よう、黒崎」
事態が飲み込めないでいる私に、田中くんは苦笑いで説明し出した。横にいる佐々木さんの冷たい視線を浴びながら。
「悪ぃ。怖がらすつもりじゃなかったんだ。ただ、最近この辺で不審者が出てるからよ。たまたま駅でお前見かけて、ちょっと気になったから家まで見守ってやろうと思ったんだけどさ」
「そうだったの? ……だったら、声かけてくれたら良かったのに」
「スマン! 私服だったし、なんか照れくさくてよ」
言われてみれば、田中くんの恰好はいつもの見慣れた警察官の恰好ではなかった。赤いシャツの上に黒のパーカー、擦り切れた色落ちのデニム。派手なベルトが目を引く。およそ彼の仕事が警察官、だとは想像できない服装だったけれど、別段おかしくはない恰好だ。恥ずかしがることないのにな。
「怖がらせてどうする、田中」
「はい、すんません……」