春風/田中龍之介
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それでも田中くんはまだ迷っているようだった。日誌はまだ田中くんの手にある。
「おーい龍、まだかー?!」
体育館から田中くんを呼ぶ声が飛んでくる。その声に田中くんは中に戻りたそうな顔をしていたから、半ば無理矢理日誌を奪い取った。
「ほら、部の人も呼んでるし!部活、頑張ってね。邪魔してごめん」
「あ、おい……」
日誌を奪って、そのままその場を飛び出した。
日誌を取った時に触れた田中くんの手の熱がいつまでも残っているような気がした。
―その日から、目で田中くんを追うようになった。
追うだけで、関係は今までと大きくは変わらなかった。
ほんの少しだけ、話すようにはなった。おはよう、とか寒いね、とかそういう当たり前の小さなことだったけど。
今こうやって、2人で食事に行くなんて。あの頃の私は想像もしていなかった。
「……田中くんはもうバレーはしてないの?」
「やりてぇけど、時間なくてよ。今の仕事就くのにもめっちゃ勉強したってのに、なってからも勉強することばっかでよー」
「そっかぁ」
「烏養さん……コーチしてくれてた人からはたまに誘われんだけどよ。つっても地元まで戻る時間もねぇしなー…旭さんは町内会チーム入ってるっつってたっけな。旭さん、って分かるか? ほら、黒崎が体育館まで日誌持ってきてくれたことあったろ? その時にさ、お前がめっちゃビビってた、髭生やした長髪の、」
「あー! うん、分かる。よく覚えてるよ。ビビってた……かな。すごい迫力あったのは覚えてるけど。……田中くんも、覚えてたんだ。日誌、持って行ったの」
「覚えてるよ。あん時は悪かったな、ホント」
「ううん。……あのおかげで、田中くんと話せるようになったし。あの一件で田中くんの印象大きく変わったから」
カラン、とグラスの中の氷が音をたてた。そんな音が耳につくくらい、2人の間にはしんとした空気が訪れていた。
黙ってしまった田中くんの顔が見れなくて、テーブルに視線を落とした。
変なこと、言っちゃったかも。何も言わない田中くん、何を思ってるんだろう。
「……んんっ、ん。そ、そうだな。それまでロクに話したこと無かったもんな、俺達。そもそも黒崎に限らず、女子と話すこと無かったけどよ……」
「そうなんだ。田中くんムードメーカーな感じしてたのに」