春風/田中龍之介
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体育館から顔を出した大柄な男性に急に声をかけられ、思わず身じろぎしてしまった。髭を生やした長髪の男性の目が、じろりと私を見下ろしている。
部活を覗いているのが気に障ったのだろうか。見下ろされた私は、田中くんのことを上手く伝えられずに口ごもってしまった。
「あれっ、黒崎どした?」
「田中の知り合い?」
「クラスメイトっす」
体育館の中から、田中くんがひょっこり顔を出して私と大柄な男性を交互に見やる。不思議そうな顔で私を見る田中くんに、やっぱり私はうまく状況を説明できないでいた。
「ん? あーっ!!」
田中くんが急に大声を出した。その声の大きさにビックリしていると、田中くんは手を合わせて謝罪してきた。
「悪ぃ!! 日誌書くの忘れてたわ!!」
「あ、そ、そう……日誌、書いてほしくて……」
「ホントにスマン!! すぐ書くから!!……すんませーん! 日誌書くの忘れてて、ちょっと抜けます!! すぐ戻りますんで!」
体育館の中に声をかけて、田中くんは入り口に腰掛けた。持っていたシャーペンを渡して、田中くんが日誌を書き上げるのを待つ。
「うーん、何書くかなー……」
田中くんはうんうんと唸りながら、シャーペンを回している。手持無沙汰な私は、くるくると綺麗に回る自分のシャーペンをじっと見つめていた。
「……つーか、お前字めちゃめちゃ綺麗だよなぁ」
「えっ、そう……?」
「おう。黒板に書く字も綺麗じゃん。いいよな字が綺麗なのって。……お前の隣に書いたらアレだな。俺の字よけい汚く見えるな」
ははっ、と田中くんが笑う。いつも怖いとばかり思っていた彼が、明るい笑顔を見せたものだから、私の胸はまたドキッと音をたててしまう。
今までちゃんと話したことは無かったけれど、話してみれば思っていたよりも怖い人じゃなかった。言葉遣いとか少し乱暴なところはあったけれど、にかっと笑うその顔は悪い人には見えなかった。
「おっし! 書けた!」
「あ、じゃあ……」
日誌を受け取ろうとすると、田中くんは不思議な顔をした。
「? 俺持ってくぜ?」
「え、いいよ! だって部活」
「確かに早くバレーはしてぇけどよ。俺、忘れてさっさと部活行っちまったし。日誌持ってくのまで黒崎に任すの、なんか悪ぃよ」
「いいよ、別に。私特に用事ないし。気にせず部活戻って」