「はぁ……」

盛大にため息をつく東峰旭を横目で見て、黒崎はまたいつもの愚痴聞きタイムが訪れた、と席を立った。
東峰には悪いが、黒崎にとってこの愚痴聞きタイムは楽しみなものであった。

何故ならば、彼とともに過ごせる貴重な時間だからだ。
東峰と黒崎は部活も違うし、委員会も違う。
同じなのはクラスだけであって、人によってはそれさえ十分な接点なのだろうが、いつまでたっても東峰とは単なるクラスメイトのままの黒崎にとっては、決して十分と言えるものではなかった。

卒業までもうあと２週間ほど。
教室に全員揃うこともなくなった。
東峰と教室で会えるのも、もうあと何回だろう。
考えるだけで、黒崎の胸は締め付けられる。

こうやって、彼の愚痴を聞いてあげられるのも、もう、あと何回だろう。

そんなことを思いながらも、顔や態度に出ないよう細心の注意を払いながら、黒崎は東峰の前の席に静かに座った。

「東峰、どうしたの？また何か悩み事？」

黒崎の声に、沈み込んだ東峰の顔がゆっくりと上がる。
東峰は黒崎の顔を見るなり、立派な眉を力なく下げて、その風貌に似つかわしくない頼りなさげな表情を見せた。

「あー……うん……。ら、来週、ホワイトデーだろ？部活のマネージャーにお返ししなきゃなんだけど、何がいいか見当つかなくって」

東峰の発言に、黒崎は面食らってしまった。
てっきり卒業後の進路とか、そういう方面の悩みだと思い込んでいた黒崎にとって、東峰の悩みが『ホワイトデーのお返し』だとは思いもよらないものだった。

けれど、だからといって東峰の悩みが軽いとか、そういうことは思わなかった。
ただ、そんなに悩むほど『お返し』のことを考えていることが、黒崎は少しだけ嫌だった。

単なる義理チョコのお返しなら、いい。
けれどもし本命だったら。
それを確かめる勇気もなく、黒崎は「そうだねぇ」とつぶやいて、東峰の悩みに付き合うことに意識を集中させた。


「あ、そういえば最近駅前に新しくお菓子屋さんが出来たんだけど」

「うん」