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一歩ずつ彼女に近づいているような気がしていたのだ。
「タオルありがとう。洗って返すね」
「え、いいすよ。持って帰ります、俺」
「でもかなりびちゃびちゃになっちゃったし…このまま返すの悪いから」
渋る黒崎に黄金川は再度タオルを受け取ろうと手を伸ばしかけた。
しかしそこで脳内の二口が黄金川の頭をはたいた。
『バカ! 今連絡先聞くチャンスだろーが!』
二口の幻聴が聞こえて、黄金川はぐっと言葉を飲み込んだ。
一度飲み込んだ言葉は形を変えて黄金川の口から飛び出した。
「っ、じゃあ連絡先聞いてもいいっすか?!」
一瞬驚いた顔をした黒崎だったが、すぐにいつものにこやかな笑顔に変わった。
「あ、そっか。私あのコンビニ辞めちゃったもんね。ちょっと待ってて、ケータイどこいれたっけな」
図らずも、ずっと知りたかった黒崎の連絡先を手に入れた黄金川は今にも叫びだしそうだ。
「黄金川くん、下の名前『貫至』って言うんだね。…貫至くんって呼んでもいい? 私のことも美咲でいいから」
「…!!」
──今日は一体どうしちゃったんだ。
もう会えないかもしれないと思っていた黒崎さんに会えただけじゃなくって、連絡先交換できて、その上名前まで呼んでもらえるなんて。
ラッキーなことが起こりすぎて明日死ぬんじゃないか、俺──
立て続けに起こった嬉しい出来事に、黄金川の脳内は軽くパニックになっていた。
返事をしない黄金川に、黒崎はおそるおそる尋ねる。
「ごめん、馴れ馴れしすぎたかな」
「っ、全然! むしろ嬉しいっす!」
「そう? 私よく距離が近いって言われるから…嫌だったらハッキリ言っていいからね」
「イヤとか、全然!」
顔を真っ赤にさせて黄金川は懸命に答えた。
傍から見たら、黄金川の気持ちはバレバレだったかもしれない。
ただ当の黒崎は特段気にするでもなく、にっこりと微笑んでいた。
「あ、バス来たね。雨も小降りになってきたし、私も帰るね」
じゃあね、とバス停から飛び出していこうとする黒崎に、黄金川は叫んでいた。
考える前に体が勝手に動いた感じだった。
「あの! 良かったら家まで送りましょうか?!」
二人の横でバスの排気音がして、扉が開く。
バスは乗客を吐き出して、黄金川が乗り込むのを今かと待っていた。