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黒崎がコンビニを辞めてしまってから二週間ほど過ぎただろうか。
彼女に会うためのお守りのように持ち歩いているビニール傘もすっかり黄金川の手になじんでいた。
帰りのバスを待つ間、黄金川はくるくると器用に傘を回して遊んでいた。
バス停の屋根にぶつかる雨音が激しくなって少しした後、水たまりをはねる足音がだんだんと近づいてきたかと思うと、黄金川の後ろでピタリと静かになった。
それと同時に息を切らした人の声が聞こえて、黄金川はなんとなしにそちらに振り返った。
「黒崎さん?!」
「黄金川くんだ。久しぶりだね」
濡れそぼった前髪から、雫がいくつも滴り落ちる。
街灯がその雫に反射してきらりと光る。黄金川にはとても綺麗に見えた。
「あっ、良かったらこれ使ってください!」
スポーツバッグから真っ白なタオルを取り出すと、黄金川は黒崎に差し出した。
「え、いいの?」
「ハイ! これ使ってないヤツなんで、汗臭いとか汚くも無いっすから!!」
「ありがとう」
黄金川の弁解にクスクスと笑いながら、黒崎はタオルを受け取った。
濡れた体や髪を拭く仕草に、黄金川は見てはいけないものを見ているような気になる。
ぴったりと張り付いたTシャツが黒崎の体のラインを鮮明に浮かび上がらせていたから、余計にそう思ったのだろう。
背負っていた大きな荷物を下ろして、黒崎はその荷物もタオルで拭き始めた。
黒い大きなギターケース。
華奢な彼女が持つとさらに大きく見える。
「音楽やってるんすか」
「うん。歌手志望なんだ」
答えた黒崎の目は輝いていた。
聞けば彼女は歌手になることを夢見て、家を出て自活しながらレッスンや路上ライブを行っているということだった。
自分と年の変わらない彼女が、夢に向かって努力している姿に黄金川は尊敬の念を抱いた。
夢を語っている時の黒崎はいつも以上にきらきらと輝いて見える。
「スゲーかっけぇ! 歌聞いてみたいッス」
「ふふ、じゃあ今度ライブ聞きに来て?」
「行くっす! 絶対!!!」
大声で返事する黄金川に黒崎は笑顔で「待ってるね」と答えた。
一つ、また一つと黒崎に関する新しい情報を知る度に、黄金川は胸がいっぱいになっていった。