黒崎さんは何か用があるのか、こっちに来ようとしていた。
だけど信号がなかなか変わらず、黒崎さんは待ちきれずに赤信号でも構わずこちらに来そうな雰囲気だった。

「黒崎さん、俺待ってるから!焦らないで、大丈夫!」

俺の言葉に、黒崎さんはホッとしたように表情をゆるめ、こくりと頷いた。

その彼女のゆるんだ表情が可愛くて、ちょっとドキっとした。

あらためて黒崎さんの私服姿を見ると、女の子らしくてすごく可愛かった。
流行りのファッションに詳しいわけではないけれど、ふわふわした首周りのファーとか、履いてる赤いブーツとか、髪の毛もクルクルふわっとしてて、黒崎さんの柔らかい雰囲気によく似合っていた。

信号が変わって、黒崎さんが横断歩道を渡ろうとした時、すごい勢いで車が目の前を通り過ぎて行った。
それと同時に、黒崎さんの悲鳴が上がった。
最悪の事態が頭をよぎり、血の気がさぁっと引いていくのを感じた。

まさか。
目の前で。

車は一瞬止まりかけたが、すぐにエンジンをふかして走り去ってしまった。

「黒崎さん?! 大丈夫?!」

黒崎さんはその場に力なく座り込んでいた。
さっと体を見まわしたけれど、怪我した様子はない。

少し安心したけれど、黒崎さんの様子がおかしい。
目に見える怪我をしていないだけで、車にどこかぶつけられたのかもしれない。

心配で、彼女の顔をのぞきこんだ。


「黒崎さん、大丈夫? どこか痛い? 気持ち悪いとかない?」

俺の問いかけに、黒崎さんはふるふると首を振る。

良かった。
怪我はないみたいだ。

「……神様は、意地悪だ……」
「えっ?」

唐突に黒崎さんの口から出てきた言葉に、俺の頭はフリーズしてしまった。
彼女の言いたいことを理解しようと頑張って頭をフル回転させてみるけれど、よく、分からない。

「……すれ違いの上に、こんな仕打ち……」

ポロリと、黒崎さんの目から涙がこぼれた。

やっぱりどこかぶつけて痛いのだろうか。
病院に連れて行ってあげた方がいいのかもしれない。

そう思って口を開こうとしたけれど、よく見てみれば、彼女はへしゃげた赤い箱に目を落として涙をこぼしていた。