新年のご挨拶/西谷夕
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どんどん遠くなる背中を見送っていたら、汗が冷えて急に寒く感じるようになった。
烏野。
私の知らない夕がいる場所。
家なんて隣通しで毎日顔を合わせるのに。
いつの間にかずいぶんと遠い人になってしまった。
あぁ、そっか。今寒いと思うのは。
冷たい風のせいだけじゃない。
ーー夕が、そばにいないからだ。
針が刺したような胸の痛みに、目の端に涙がにじんだ。
春高に応援に行っても。
遠くから夕を応援することしか出来ない。
だけど『潔子さん』は。
私の数倍も近いところで、夕を応援するんだ。
「…私も、烏野に行けば良かった」
呟いたって、もう遅い。
タイムマシンでもない限り、今の二人の関係は変えようがないんだから。
「あんた達、そろそろ家に入ったら。あら、夕くんは? さっきまで声してたのに」
家から顔を出したお母さんは、外の寒さに顔をしかめている。
夕に呼び出されたときの私みたいだ。
「ん、なんか学校の友達に呼び出されてった」
「あの子もお正月から元気ねぇ。あら…あんたそんな上着持ってた?」
お母さんに指をさされて目を落とす。
夕が貸してくれた黒いダウンジャケットが目に入る。
あ、夕に返し忘れた。どうしよう。さすがにずっと上着無しじゃ風邪を引いてしまうかもしれない。
大事な春高前に体調を崩した、なんてことになったら一大事だ。
「っ、これ夕に届けてくる!」
「そうね。風邪引いたら困るものね。…ってあんた、顔洗ってから行きなさいよ。顔中墨だらけよ」
「……!」
私は急いで顔を洗って、自転車に飛び乗った。
風を切ってびゅんびゅん進む自転車、頬に当たる風は相当冷たい。
耳が切れそうに痛まないのは、夕が貸してくれた耳当てのおかげ。
真っ黒なダウンは風を含んで、私を引き留めようと必死になっているみたいだった。
だけど急がなきゃ。
急く気持ちをペダルを踏む力に変えた。
******
「おー! ノヤっさん来てくれたか……ってその顔!」
顔をあわすなり腹抱えて笑い出した龍に首をかしげる。
そんな俺に龍はなおも「顔、顔」と笑っている。
「なんだよ龍、何かおかしいか」
「おかしいも何も、自分で見てみろよ!」
言って龍は取り出したスマホで俺の顔を撮った。
撮った写真を見せられて、顔を墨だらけにしたままだったことを思い出した。