夕焼けと少年
いつもと変わらない窓から見える空を眺めて、夕方になったら食材を買い出しに行こうかと思っていた。
外の世界から守るかのように植えられた庭の草木は風で揺れている。
ココアを入れて陽だまりになっている窓のそばにクッションを置き、途中になっていた本を開いた。
豊かで恵まれている。
そのはずなのに何かから目を逸らしているような、物足りない気持ちになることがある。
でも僕は鳥のように身軽じゃないから、自分の足で歩きそれを見つけることはできないのだ。
ぎっしり詰まったレジ袋を下げて帰ると、庭の前に知らない男の子が立っていた。
実り始めている柿の実をじっと見ている。
近づいて綺麗な実を取って渡すと、彼はなんともいえない顔をした。もしかしてお節介を焼いたかと思って手を引っ込めようとしたとき、細い腕が伸びてきて遠慮しながらそれを取った。
要件が終わっても俯いて帰ろうとしない。
子供というのはこうしてときに大人の心を惑わせるものだ。
赤ちゃんみたいなさらさらの細い髪の毛に西日が当たって、べっこう飴のように透けて見えた。
カラスが鳴いている。
優しい温かさをもった昼下がりの空気に、秋の涼しい風が吹き込んだ。
秋だね、と呟いた。すぐに溶けていってしまうような、さり気ない声だった。
男の子はゆっくり顔を上げて、背後の美しい夕日を眺めた。
黒い瞳の中がきらきら光っている。
「それ、きみがつくったの?」
よく見ると男の子は丸めた画用紙を持っていた。
見てもいい?ときくと、小さく頷く。
水彩絵の具で描いたどこかの場所の絵だった。雪が降っていて、2人の男の子が立っている。
「きれいだ。絵の具、きれいだね。」
男の子はなんともいえない顔をして、ちょっと首を傾げたような気がした。知らない人に褒められても、どんな反応をしていいかわからないに違いない。
「雪、降らないもんね。ここは」
そう言うと彼は素早くこっちを向いてこくんと頷いた。雪に未練があるようだ。
ありがとと言って画用紙を返した。
僕も絵を描くのに興味はあるのだけど、めんどくさがり屋で準備するところまでいきつかない。
「どうやったらきれいに絵がかけるの?」
聞いてから後悔した。そんなこと見るからに口下手な彼にとっては困ってしまう話題に違いないのだ。
なにか付け足してなかったことにしようとして口を開いた時、初めて彼が声を出した。
「お兄さんも、きれい。」
脈略がなくて驚いてしまったが、とても純粋な言葉だとわかっていたので、僕は素直にありがとうという事ができた。
先の言葉を捨て台詞に男の子は去っていってしまった。
かわいいとはよく言われるが、綺麗と言われるのは初めてだった。
どこからか焼き魚の香りがしてきた。さんまの塩焼きはふくふくしてておいしそうだ。
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