君の深淵は何色か
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乾杯して間もなく、リムジンは学校の正門前に到着した。
もうすぐ予鈴の鳴る頃合いだが、校門には多くの生徒の姿がある――正確に言えば、いるのは玲王の登校を待ち構えている女子達だ。
裕福な家庭環境の生徒が多い白宝高校だが、通学手段としてリムジンを利用しているのは玲王しかいないので、黒塗りの車体が現れた瞬間に彼女達は色めき立った。
リムジンのドアが開いて先に降車した玲王は、振り返って私に向けて手を差し出した。
彼にとってはごく自然なエスコートのつもりだろう。
しかし、玲王のファンを前にして、そんなお姫様のような扱いを享受することはできなかった。
「大丈夫。一人で降りられるよ。ありがとう」
そう言って口角を上げて微笑んでみせると、玲王はさっと顔色を変えた。
この様子だと、玲王は私達の関係を公にするつもりだったようだが、私は違う。
だって、玲王と誠士郎が肯定してくれたとは言え、やっぱり世間一般の常識から逸脱している関係であることに変わりないのだ。
もし『夜鷹アキラに二股されている』なんて噂話が立てば、玲王の人望に傷がつく可能性がある。
だから、差し伸べられた手を見ないようにして、車から降りた。
「送ってくれてありがとう。お陰で遅刻せずに済んだよ」
とどめに、今日の送迎は玲王の厚意によるイレギュラーであることを印象づける発言を残した。
周りで聞き耳を立てているファンの子達にも聞こえたはずなので、これで玲王の風評被害は免れるだろう。
あとは速やかにこの場から退散すべく、呆ける玲王の横を足早に通り過ぎた――直後、後ろから左腕を引かれた。
「待って」
ぎょっとして振り向くと、私を引き留めたのは玲王ではなく誠士郎だった。
リムジンの中で掴まれた時とは違い、私との体格差を理解した、絶妙な力加減だ。
だから無意識に、気が緩んだ。
そして、誠士郎の右手が滑るように下へ移動し、私の左手を包み込むのを許してしまった。
誠士郎の体温で我に返り、慌てて手元を目視確認する――私と誠士郎の指が絡み合い、恋人繋ぎされている。
もう一度誠士郎の顔に視線を向けると、彼は黒々とした目で私を見下ろしながら口を開いた。
「付き合ってるんだから、手くらい繋いでもいいよね」
特別声を張ったわけではないが、その発言が私達の会話に耳をそばだてていた彼女達にも届いたらしいことは、途端に大きくなったざわめきで察した。
ただ、何を馬鹿な冗談を言っているんだと手を振り払えば、今からでも撤回できる見込みはある。
しかしそれをするには、“あること”を覚悟しなければならないのだ。
――付き合ってるんだよね? なら、キスとかしてもいいの?
今朝の発言が蘇る。
結局有耶無耶にしてしまった“あれ”を、彼が実は根に持っていることを知っている。
だから、ここで手を繋ぐことを拒否したら、代わりに何をされるか分かったものではない――否、薄々分かっているが、考えたくない(キスはまだ、無理)。
まあ、誠士郎は自身の風評に頓着しない性格だし、なんならすでに変人として名が通っているので、気にしすぎる必要はないか。
それに誠士郎の言うように、手を繋ぐくらい、付き合っているなら――
と、ここまで考え至って、ようやく気づいた。
呼び止められる際に腕を引かれたり、後ろから抱きつかれたり、膝枕を要求されたりするのは日常茶飯事だが、手を繋ぐのはこれが初めてだ。
しかも指を絡める繋ぎ方は、誠士郎の手の大きさを否応なく意識させられる。
……いや意識するも何も、手のサイズなんて昔から知り尽くしているのだから、今更どうということはない。
「え、照れてんの? 可愛い」
誠士郎が的外れな感想を零した。
照れてないし可愛くもないが、どうやら機嫌が直ったようなので、ここは都合良く誤解させたままにしておこう。
指の腹で擽るように撫でられて、決して怯んだわけじゃない。
「おっ、良いなそれ!」
すると、やけに明るい玲王の声が背後から聞こえた。
駆け寄って隣に来た玲王は、私に向けてにっこりと笑顔を作った。
そして、あっ、と思う間もなく、誠士郎と繋いでいるのとは反対側の手を握られた。
「付き合ってるんだし、俺とも繋いでくれるよな?」
「えっ」
虚を突かれたような呟きは、周りにいる女生徒のものだったと思う。
私はというと、返す言葉が頭に浮かばず、玲王のとってつけたような笑みを呆然と眺めるしかできなかった。
台詞の内容は誠士郎と大差ないが、影響力はまるで別物だ。
気がつけば、誰一人身じろぎせず玲王のことを注視している。
彼は自分の発言に関心が集まっているのを自認してから、続けて言った。
「こうやってアキラの両側で手繋げるんだから、三人で付き合うのも悪くねぇな」
それは、玲王のファン達を絶命させるのに充分な一言だった。
案の定『三人で付き合っている』というキラーワードが辺りに浸透した瞬間、強烈な絶叫が沸き起こった。
もうどんな弁解を連ねても彼女達には届かないばかりか、今日の午前中には全校生徒にこの話が広まってしまうだろう。
「……玲王」
やっと自分の声帯が機能し始めた。
周囲の狂騒にかき消えそうな声量になってしまったものの肝心の玲王の耳には届いたようで、彼は大衆向けの笑顔をすっと消した。
「忘れたのかよ? 俺達に愛されてることを自覚してもらうって言ったろ」
「忘れてはないけど……」
「ようやく俺もお前に触っていい立場になれたんだ。逃がさねぇよ」
その言葉を体現するように、握った手に力を込められた。
そういえば、誠士郎とは対照的に、玲王に触られた経験は、思い出せる限りほとんどなかった。
当然、交際していない異性の友人と今まで肉体的な接触がなかったことは何も不自然ではない。
誠士郎の距離感がおかしかったのだ。
とはいえ、“幼馴染み”という立場で無遠慮に触れ合っていた私達を、玲王は今までどんな気持ちで眺めていたのか――先の発言で、その片鱗を垣間見た気がする。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
どうして、昨日告白されるまで、今朝告白されるまで、彼らの気持ちに全く気づけなかったのだろう。
もしも事前に察知できていたなら、あの時『三人で付き合おう』なんて間違っても言い出さなかったのに。
だって三人で付き合うということは、多数決で物事が決まってしまうということなのだ。
そして、誠士郎と玲王の間に強固な協力関係があることは、昨日からの数々の言動に裏付けられている――この恋愛においては、私が少数派だ。
私の状況把握が追いついたことを感じ取ったのだろう、玲王は破顔して言った。
「今日から登下校の時はこうやって手繋ごうな!」
「いいよ」
「絶対やだ」
誠士郎と私の声が重なった。
結果は言うまでもない。
マイノリティの遠吠え
もうすぐ予鈴の鳴る頃合いだが、校門には多くの生徒の姿がある――正確に言えば、いるのは玲王の登校を待ち構えている女子達だ。
裕福な家庭環境の生徒が多い白宝高校だが、通学手段としてリムジンを利用しているのは玲王しかいないので、黒塗りの車体が現れた瞬間に彼女達は色めき立った。
リムジンのドアが開いて先に降車した玲王は、振り返って私に向けて手を差し出した。
彼にとってはごく自然なエスコートのつもりだろう。
しかし、玲王のファンを前にして、そんなお姫様のような扱いを享受することはできなかった。
「大丈夫。一人で降りられるよ。ありがとう」
そう言って口角を上げて微笑んでみせると、玲王はさっと顔色を変えた。
この様子だと、玲王は私達の関係を公にするつもりだったようだが、私は違う。
だって、玲王と誠士郎が肯定してくれたとは言え、やっぱり世間一般の常識から逸脱している関係であることに変わりないのだ。
もし『夜鷹アキラに二股されている』なんて噂話が立てば、玲王の人望に傷がつく可能性がある。
だから、差し伸べられた手を見ないようにして、車から降りた。
「送ってくれてありがとう。お陰で遅刻せずに済んだよ」
とどめに、今日の送迎は玲王の厚意によるイレギュラーであることを印象づける発言を残した。
周りで聞き耳を立てているファンの子達にも聞こえたはずなので、これで玲王の風評被害は免れるだろう。
あとは速やかにこの場から退散すべく、呆ける玲王の横を足早に通り過ぎた――直後、後ろから左腕を引かれた。
「待って」
ぎょっとして振り向くと、私を引き留めたのは玲王ではなく誠士郎だった。
リムジンの中で掴まれた時とは違い、私との体格差を理解した、絶妙な力加減だ。
だから無意識に、気が緩んだ。
そして、誠士郎の右手が滑るように下へ移動し、私の左手を包み込むのを許してしまった。
誠士郎の体温で我に返り、慌てて手元を目視確認する――私と誠士郎の指が絡み合い、恋人繋ぎされている。
もう一度誠士郎の顔に視線を向けると、彼は黒々とした目で私を見下ろしながら口を開いた。
「付き合ってるんだから、手くらい繋いでもいいよね」
特別声を張ったわけではないが、その発言が私達の会話に耳をそばだてていた彼女達にも届いたらしいことは、途端に大きくなったざわめきで察した。
ただ、何を馬鹿な冗談を言っているんだと手を振り払えば、今からでも撤回できる見込みはある。
しかしそれをするには、“あること”を覚悟しなければならないのだ。
――付き合ってるんだよね? なら、キスとかしてもいいの?
今朝の発言が蘇る。
結局有耶無耶にしてしまった“あれ”を、彼が実は根に持っていることを知っている。
だから、ここで手を繋ぐことを拒否したら、代わりに何をされるか分かったものではない――否、薄々分かっているが、考えたくない(キスはまだ、無理)。
まあ、誠士郎は自身の風評に頓着しない性格だし、なんならすでに変人として名が通っているので、気にしすぎる必要はないか。
それに誠士郎の言うように、手を繋ぐくらい、付き合っているなら――
と、ここまで考え至って、ようやく気づいた。
呼び止められる際に腕を引かれたり、後ろから抱きつかれたり、膝枕を要求されたりするのは日常茶飯事だが、手を繋ぐのはこれが初めてだ。
しかも指を絡める繋ぎ方は、誠士郎の手の大きさを否応なく意識させられる。
……いや意識するも何も、手のサイズなんて昔から知り尽くしているのだから、今更どうということはない。
「え、照れてんの? 可愛い」
誠士郎が的外れな感想を零した。
照れてないし可愛くもないが、どうやら機嫌が直ったようなので、ここは都合良く誤解させたままにしておこう。
指の腹で擽るように撫でられて、決して怯んだわけじゃない。
「おっ、良いなそれ!」
すると、やけに明るい玲王の声が背後から聞こえた。
駆け寄って隣に来た玲王は、私に向けてにっこりと笑顔を作った。
そして、あっ、と思う間もなく、誠士郎と繋いでいるのとは反対側の手を握られた。
「付き合ってるんだし、俺とも繋いでくれるよな?」
「えっ」
虚を突かれたような呟きは、周りにいる女生徒のものだったと思う。
私はというと、返す言葉が頭に浮かばず、玲王のとってつけたような笑みを呆然と眺めるしかできなかった。
台詞の内容は誠士郎と大差ないが、影響力はまるで別物だ。
気がつけば、誰一人身じろぎせず玲王のことを注視している。
彼は自分の発言に関心が集まっているのを自認してから、続けて言った。
「こうやってアキラの両側で手繋げるんだから、三人で付き合うのも悪くねぇな」
それは、玲王のファン達を絶命させるのに充分な一言だった。
案の定『三人で付き合っている』というキラーワードが辺りに浸透した瞬間、強烈な絶叫が沸き起こった。
もうどんな弁解を連ねても彼女達には届かないばかりか、今日の午前中には全校生徒にこの話が広まってしまうだろう。
「……玲王」
やっと自分の声帯が機能し始めた。
周囲の狂騒にかき消えそうな声量になってしまったものの肝心の玲王の耳には届いたようで、彼は大衆向けの笑顔をすっと消した。
「忘れたのかよ? 俺達に愛されてることを自覚してもらうって言ったろ」
「忘れてはないけど……」
「ようやく俺もお前に触っていい立場になれたんだ。逃がさねぇよ」
その言葉を体現するように、握った手に力を込められた。
そういえば、誠士郎とは対照的に、玲王に触られた経験は、思い出せる限りほとんどなかった。
当然、交際していない異性の友人と今まで肉体的な接触がなかったことは何も不自然ではない。
誠士郎の距離感がおかしかったのだ。
とはいえ、“幼馴染み”という立場で無遠慮に触れ合っていた私達を、玲王は今までどんな気持ちで眺めていたのか――先の発言で、その片鱗を垣間見た気がする。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
どうして、昨日告白されるまで、今朝告白されるまで、彼らの気持ちに全く気づけなかったのだろう。
もしも事前に察知できていたなら、あの時『三人で付き合おう』なんて間違っても言い出さなかったのに。
だって三人で付き合うということは、多数決で物事が決まってしまうということなのだ。
そして、誠士郎と玲王の間に強固な協力関係があることは、昨日からの数々の言動に裏付けられている――この恋愛においては、私が少数派だ。
私の状況把握が追いついたことを感じ取ったのだろう、玲王は破顔して言った。
「今日から登下校の時はこうやって手繋ごうな!」
「いいよ」
「絶対やだ」
誠士郎と私の声が重なった。
結果は言うまでもない。
マイノリティの遠吠え
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