漆黒の人魚姫
名前変換
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名前が帰社したのは、太宰が芥川を退けて敦や谷崎達を医務室に運んだ後だった。
社に到着した途端雪崩れ込むように医務室に駆け込み、外傷もなく寝台で眠る敦を見てほっと息を吐いた。
「予定より早い帰還だね。そんなに敦君が心配だったのかい?」
敦の枕元に立つ名前の背後から、飄々とした声がした。
名前は動じることなく、静かに声の主の名前を呼んだ。
「太宰さん」
「云っておくけど、ポートマフィアと戦う許可は出さないよ」
名前はゆっくりと振り向いて、扉付近の壁に寄り掛かるようにして立っている太宰を見据えた。
何を考えているのか分からない、と敦にさえ評された名前だが、彼女の目に映る不服の色を太宰は正確に捉えた。
「何故ですか」
「君は、単身でマフィアを壊滅させる気だろう。成し遂げるまで止まらないつもりだ」
「必ず果たします。探偵社に迷惑は掛けません」
太宰は、名前の発言に何一つ誇張が含まれていないことを知っている。
単身でマフィアを壊滅させる実力、闇を相手に戦える精神力と非情さ、すべてを兼ね備えていることを知っている。
そして、その事実を太宰が知悉していることを、名前も理解している。
だから、太宰に『何故か』と問うのだ。
「君は何も判っていない。君に求められているのは、敵を殲滅することでも、陰ながら敦君の平穏を守ることでもない」
「………」
「入社した時、私と交わした約束を覚えているね?」
「……はい」
「なら云う通りにするんだ。君が今すべきことは、敦君と話をすることだよ」
敦君は君のことを案じていたよ、と太宰が言うと、名前の顔色が僅かに曇った。
中空に視線を彷徨わせ黙りこくった名前を見て、太宰は彼女の憂慮の要因を悟った。
「安心したまえ。彼には、一週間前に私がスカウトしたと伝えてある。君が入社した本当の理由は社長以外に誰にも話していないよ」
「……そうですか」
表情には出ないが、声色に安堵が滲んだ。
太宰はそんな名前を観察し、『やはり何も理解していない』と心中で分析した。
太宰が『名前と仲が良いのか』と敦に訊いた時、数年間共に過ごしたにも関わらず肯定できなかったことを彼女は知らない。
――向こうがどう思っていたかは分かりませんけど。
敦がどんな表情でそう言ったのか、どんな感情でいたのか、彼女は知る由もない。
もう用は済んだとばかりに寝台から離れようとする名前に向けて、太宰は尋ねた。
「ひとつ訊かせてくれ。君は孤児院に居た頃から敦君と距離を取っていたようだけど、何故そんな真似をしたのかい?」
太宰の質問に対し、名前は言葉の意味を咀嚼するように暫し沈黙した後、ぽつりと呟いた。
「……壊れるので」
「ん?」
「私といると、壊れるので」
小さい声だが、悲壮感もなく淡々と、ただ事実を報告するようにそう言った。
二の句が継げなくなった太宰の横を通り過ぎ、名前は医務室を出た。
社に到着した途端雪崩れ込むように医務室に駆け込み、外傷もなく寝台で眠る敦を見てほっと息を吐いた。
「予定より早い帰還だね。そんなに敦君が心配だったのかい?」
敦の枕元に立つ名前の背後から、飄々とした声がした。
名前は動じることなく、静かに声の主の名前を呼んだ。
「太宰さん」
「云っておくけど、ポートマフィアと戦う許可は出さないよ」
名前はゆっくりと振り向いて、扉付近の壁に寄り掛かるようにして立っている太宰を見据えた。
何を考えているのか分からない、と敦にさえ評された名前だが、彼女の目に映る不服の色を太宰は正確に捉えた。
「何故ですか」
「君は、単身でマフィアを壊滅させる気だろう。成し遂げるまで止まらないつもりだ」
「必ず果たします。探偵社に迷惑は掛けません」
太宰は、名前の発言に何一つ誇張が含まれていないことを知っている。
単身でマフィアを壊滅させる実力、闇を相手に戦える精神力と非情さ、すべてを兼ね備えていることを知っている。
そして、その事実を太宰が知悉していることを、名前も理解している。
だから、太宰に『何故か』と問うのだ。
「君は何も判っていない。君に求められているのは、敵を殲滅することでも、陰ながら敦君の平穏を守ることでもない」
「………」
「入社した時、私と交わした約束を覚えているね?」
「……はい」
「なら云う通りにするんだ。君が今すべきことは、敦君と話をすることだよ」
敦君は君のことを案じていたよ、と太宰が言うと、名前の顔色が僅かに曇った。
中空に視線を彷徨わせ黙りこくった名前を見て、太宰は彼女の憂慮の要因を悟った。
「安心したまえ。彼には、一週間前に私がスカウトしたと伝えてある。君が入社した本当の理由は社長以外に誰にも話していないよ」
「……そうですか」
表情には出ないが、声色に安堵が滲んだ。
太宰はそんな名前を観察し、『やはり何も理解していない』と心中で分析した。
太宰が『名前と仲が良いのか』と敦に訊いた時、数年間共に過ごしたにも関わらず肯定できなかったことを彼女は知らない。
――向こうがどう思っていたかは分かりませんけど。
敦がどんな表情でそう言ったのか、どんな感情でいたのか、彼女は知る由もない。
もう用は済んだとばかりに寝台から離れようとする名前に向けて、太宰は尋ねた。
「ひとつ訊かせてくれ。君は孤児院に居た頃から敦君と距離を取っていたようだけど、何故そんな真似をしたのかい?」
太宰の質問に対し、名前は言葉の意味を咀嚼するように暫し沈黙した後、ぽつりと呟いた。
「……壊れるので」
「ん?」
「私といると、壊れるので」
小さい声だが、悲壮感もなく淡々と、ただ事実を報告するようにそう言った。
二の句が継げなくなった太宰の横を通り過ぎ、名前は医務室を出た。