漆黒の人魚姫
名前変換
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名前との邂逅による衝撃が冷めやらぬまま、敦はあれよあれよという間に武装探偵社に入社する運びとなった。
入社試験と称して爆弾を使った立て籠もり事件を仕込む物騒な職場に馴染めるとは到底思えなかったが、社員寮の引き払いや食費や電話代を盾に取られると拒否権はなかった。
入社のための諸々の準備が完了した後、入社試験に関わった太宰、国木田、谷崎、ナオミが敦の前に顔を揃えた。
谷崎とナオミの自己紹介が終わったところで、敦はおずおずと口を開いた。
「あの……、苗字名前を知っていますか? 今朝社員寮でそれらしい人物を見掛けたんですけど……」
「ああ、彼女は十日前に入社した新人だよ」
「十日前!?」
太宰の何気ない返答に、敦は驚愕の声を上げた。
やはり今朝目撃した人物は人違いでも幻覚でもなかったのか、と得心するより先に、彼女が入社したタイミングに動揺した。
敦が孤児院を追い出されたのが二週間前だ。
すると名前は、敦が院を離れた直後に、まるで敦の後を追うようにこの街にやって来たことになる。
――名前、僕はもう行くよ。僕がいなくなっても、院の子達と仲良くやるんだよ。
――ええ。
――……本当に辛くなったら、名前も孤児院から逃げて良いよ。名前なら、院を出てもやっていけると思うから。
――……心配しなくても、私は大丈夫よ。それよりも自分の今後のことを考えて。
――はは、そうだね。
院を発つ日に交わした会話を想起し、敦は拳を握り締めた。
続けて敦が質問するより先に、谷崎が疑問を口にした。
「名前ちゃんのことを知ってるンですか?」
「はい、同じ孤児院の出身なんです」
「そうなンだ! 凄い偶然だね」
どうやら名前は、自分の出自は公開したものの、敦との関係性については社員に伝えていなかったようだ。
入社試験に身内贔屓を含みたくなかったのだろうか――敦としては、多少手心を加えて欲しかったくらいだが。
「名前はどういう経緯で入社したんですか?」
「さあ、ボクも詳しくは……。そういえば、彼女は太宰さんがスカウトしたンですよね」
「えっ、そうなんですか?」
敦が太宰に問うと、太宰は当時を思い返して笑みを深めた。
「街を歩いていた時に偶然出会ったのだよ。あまりの美しさに一瞬で心を奪われて、その場で心中してくれないかと声を掛けたのが契機だ」
「未成年にそんなことを言ったのか……」
国木田が心底呆れたように眉を顰めた。
他の面々も同様の表情をしたので、その事実は初耳だったらしい。
「心中は断られたけど、話を聞いたら仕事がなくて困っていた様子だったから、探偵社を紹介したのだよ。入社試験は一発で合格、すでに単独で数々の依頼をこなす有能さ、スカウトした私も鼻高々だ」
「あれでもう少し対話力と協調性があれば文句ないがな」
「普段から口数が少ないから、名前ちゃんのことをまだよく知らないンですよね。孤児院ではどんな感じだったンですか?」
「そうですね、孤児院でも無口で、あまり自分のことを話したがりませんでした。黙っているだけで近寄りがたい雰囲気があるから、他の子達も名前に話し掛けようとしなくて、よく一人で居ました」
「今とそう変わらんな」
国木田の容赦のない批評に、敦は空笑いした。
「でも本当はすごく優しくて、孤児院では誰よりも僕のことを心配してくれました」
「敦君と名前ちゃんは仲が良かったのかい?」
「一人で居るのが気になって僕がよく喋り掛けていたので、一緒に過ごす機会は多かったです。もっとも、向こうがどう思っていたかは分かりませんけど」
太宰の質問に煮え切らない回答になってしまうのは、敦が抱く苗字名前の人物像に、何処か自信が持てないからだ。
曲がりなりにも数年間同じ施設で暮らしていたのに、まるで常に薄いヴェールに包まれていたかのように、彼女の本質を見通せなかった気がする。
それを裏付けるように、どれだけ思考を巡らせても、過去を思い返してみても、名前が敦に黙って孤児院を出た理由や、武装探偵社に入社した動機に強力な心当たりがないのだった。
――仕事があるの。またあとでね、敦。
久し振りに再会した敦を前にして、あの時名前が何を考え、何を感じていたのかも杳として知れない。
「敦君も、彼女には積もる話があるだろう。もうじき任務から帰って来る頃合いだから、これ以上のことは本人に直接訊くといい」
敦の内心を読み取ったかのような太宰の発言に、敦は戸惑いながらも首肯した。
しかし実際のところ、名前と敦がゆっくり対話する機会が訪れるのは、暫く先になるのだった。
入社試験と称して爆弾を使った立て籠もり事件を仕込む物騒な職場に馴染めるとは到底思えなかったが、社員寮の引き払いや食費や電話代を盾に取られると拒否権はなかった。
入社のための諸々の準備が完了した後、入社試験に関わった太宰、国木田、谷崎、ナオミが敦の前に顔を揃えた。
谷崎とナオミの自己紹介が終わったところで、敦はおずおずと口を開いた。
「あの……、苗字名前を知っていますか? 今朝社員寮でそれらしい人物を見掛けたんですけど……」
「ああ、彼女は十日前に入社した新人だよ」
「十日前!?」
太宰の何気ない返答に、敦は驚愕の声を上げた。
やはり今朝目撃した人物は人違いでも幻覚でもなかったのか、と得心するより先に、彼女が入社したタイミングに動揺した。
敦が孤児院を追い出されたのが二週間前だ。
すると名前は、敦が院を離れた直後に、まるで敦の後を追うようにこの街にやって来たことになる。
――名前、僕はもう行くよ。僕がいなくなっても、院の子達と仲良くやるんだよ。
――ええ。
――……本当に辛くなったら、名前も孤児院から逃げて良いよ。名前なら、院を出てもやっていけると思うから。
――……心配しなくても、私は大丈夫よ。それよりも自分の今後のことを考えて。
――はは、そうだね。
院を発つ日に交わした会話を想起し、敦は拳を握り締めた。
続けて敦が質問するより先に、谷崎が疑問を口にした。
「名前ちゃんのことを知ってるンですか?」
「はい、同じ孤児院の出身なんです」
「そうなンだ! 凄い偶然だね」
どうやら名前は、自分の出自は公開したものの、敦との関係性については社員に伝えていなかったようだ。
入社試験に身内贔屓を含みたくなかったのだろうか――敦としては、多少手心を加えて欲しかったくらいだが。
「名前はどういう経緯で入社したんですか?」
「さあ、ボクも詳しくは……。そういえば、彼女は太宰さんがスカウトしたンですよね」
「えっ、そうなんですか?」
敦が太宰に問うと、太宰は当時を思い返して笑みを深めた。
「街を歩いていた時に偶然出会ったのだよ。あまりの美しさに一瞬で心を奪われて、その場で心中してくれないかと声を掛けたのが契機だ」
「未成年にそんなことを言ったのか……」
国木田が心底呆れたように眉を顰めた。
他の面々も同様の表情をしたので、その事実は初耳だったらしい。
「心中は断られたけど、話を聞いたら仕事がなくて困っていた様子だったから、探偵社を紹介したのだよ。入社試験は一発で合格、すでに単独で数々の依頼をこなす有能さ、スカウトした私も鼻高々だ」
「あれでもう少し対話力と協調性があれば文句ないがな」
「普段から口数が少ないから、名前ちゃんのことをまだよく知らないンですよね。孤児院ではどんな感じだったンですか?」
「そうですね、孤児院でも無口で、あまり自分のことを話したがりませんでした。黙っているだけで近寄りがたい雰囲気があるから、他の子達も名前に話し掛けようとしなくて、よく一人で居ました」
「今とそう変わらんな」
国木田の容赦のない批評に、敦は空笑いした。
「でも本当はすごく優しくて、孤児院では誰よりも僕のことを心配してくれました」
「敦君と名前ちゃんは仲が良かったのかい?」
「一人で居るのが気になって僕がよく喋り掛けていたので、一緒に過ごす機会は多かったです。もっとも、向こうがどう思っていたかは分かりませんけど」
太宰の質問に煮え切らない回答になってしまうのは、敦が抱く苗字名前の人物像に、何処か自信が持てないからだ。
曲がりなりにも数年間同じ施設で暮らしていたのに、まるで常に薄いヴェールに包まれていたかのように、彼女の本質を見通せなかった気がする。
それを裏付けるように、どれだけ思考を巡らせても、過去を思い返してみても、名前が敦に黙って孤児院を出た理由や、武装探偵社に入社した動機に強力な心当たりがないのだった。
――仕事があるの。またあとでね、敦。
久し振りに再会した敦を前にして、あの時名前が何を考え、何を感じていたのかも杳として知れない。
「敦君も、彼女には積もる話があるだろう。もうじき任務から帰って来る頃合いだから、これ以上のことは本人に直接訊くといい」
敦の内心を読み取ったかのような太宰の発言に、敦は戸惑いながらも首肯した。
しかし実際のところ、名前と敦がゆっくり対話する機会が訪れるのは、暫く先になるのだった。