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十三歳の誕生日――母が死んだ時の記憶を思い出した日。
衝動的に家を飛び出したものの、根性論で行方不明の兄が見つかるはずはなく、結局その日の夕方にとぼとぼ帰宅したのだった。
数日後、手掛かりをかき集めてC3に身を寄せる御国のもとに辿り着くことはできたが、彼の心を救うには手遅れだった。
御国が人生で最も辛かった瞬間、最も孤独だった期間に、彼の傍にいられなかったという事実は、今も私を苛んでいる。
「もし有栖院御国の傍にいられたとしても、君にできることは限られていたかもしれないよ。それに、あの時君が家に残ったおかげで、父や弟の心の拠り所になれたという見方もできる。君の選択は、そう責められるものではないよ」
誘拐犯に慰められてしまった。
ストックホルム症候群でも狙っているのだろうか。
ただ椿の言を借りるなら、兄の助けにはなれず、数年後に私が家を出たことで事情を知らない弟に新たな傷を作ってしまった。
私の選択は、何もかも中途半端だ。
「それに、数年越しとはいえ、名前がC3に入ったのは僕にとっては都合が良かったよ」
少しでも家族を守る力を身につけたかったので、魔術の勉強を本格的に開始し、任務に携わることで能力を磨いていった。
生みの親の血筋のおかげで才能には恵まれていたらしく、すぐに戦闘員として活躍することができた。
椿は都合が良かったと言うが、それが私にとって良かったのか悪かったのか、今となっては分からない。
――そこで、ふと引っ掛かった。
私がC3の戦闘員になったことが椿にとって『都合がいい』とは、一体どういう意味だ?
将来私を拉致する計画だったなら、吸血鬼を倒す力をつけるのはむしろ不都合じゃないのか?
「日記を読むと、名前の心情や価値観がよく分かるね。やっぱり僕は間違ってなかった」
椿の手中にある日記の中身は、私の位置からでは確認できないが、何を書いたかはある程度覚えている。
かつての自分が、どんな文章を書き連ねたか。
「C3に入ってから、吸血鬼への嫌悪感や敵愾心が強くなったね。時折僕の悪口も書いてある」
椿は楽しそうに頬を緩め、愛おしそうに文字を撫でた。
監禁された当初だったら理解に苦しんだだろうが、今なら少しだけ彼の考えを読み取ることができる。
C3には吸血鬼に家族や友人を殺された者が多く、それゆえに吸血鬼に憎しみを抱いている者が多かった――しかもその筆頭が兄だった。
幼少期は仇討ちの意味すら知らなかった世間知らずでも、母の死や兄の変貌に打ちのめされた後、C3の考え方に同調するのに時間はかからなかった。
それがきっと、日記の文章にも表れているのだ。
なるほど、だからC3に入ったことが『都合が良い』のか。
彼にとっては、感情の内容に関わらず、私に意識されることが最重要なのだ。
その条件さえクリアすれば、多少戦闘技術を身につけようがさほど問題とは感じなかったのだろう――そもそも訓練した身でありながら、殺されて拉致された有様である。
そこで、唐突に、これまでの椿の台詞がフラッシュバックした。
ある事実に気がついて、心臓を握りつぶされたような驚愕と、全身が凍り付くような寒気に襲われた。
――C3の戦闘員になったのは、両親の仇を討つためだって少し期待してたんだよ。
――いつか僕を殺すために会いに来てくれる。それが叶わなくても、僕が目の前に現れれば、名前は僕に強い憎しみを向けてくれるって、そう信じてたんだ。
――当然恨まれてると思ってたよ、実の両親を殺した僕のことを。
椿の批評は間違っていない。
少なくとも“ある時期”までは、肉親を殺した椿のことを恨んでいた。
けれど、今はそうではない。
許したわけでも有耶無耶にするつもりもないが、椿本人の口から実の両親を殺したことを告げられても、冷静に受け止められる程度には折り合いがついている。
――名前が七歳の時に出会ってからずっと、有栖院家にいた時も、家を出てC3に入ってからも、一人暮らしをしながら中学に通ってた頃も、ずっと名前を見ていたよ。
『ずっと見ていた』という言葉を、もう少し真剣に受け止めるべきだった。
彼の言った通り、本当に“ずっと”見ていたのだとしたら――もしも、心変わりした契機を目撃していたとしたら。
私を殺した時、椿の目には怒りの炎が宿っていた。
彼はこう言った。
まるで浮気した恋人を責めるような口調だった。
――ねえ、どうして僕を裏切ったの?
C3の社風に感化され、両親を殺した椿を恨んでいた時期があった。
しかし、“あるきっかけ”によって、その感情とは決別した。
愛されないなら仇敵として憎んでほしかった椿にとって、その感情変化は裏切り行為に映っただろう。
だから私を監禁した。
外界から隔絶し、もう一度自分を意識してもらうために。
椿は不意にサングラスを外し、私と目を合わせた。
この瞬間、私達はお互いの考えを完全に共有できたような感覚がした。
けれど、殺された時よりも監禁された時よりも、彼のことが得体の知れない化物に見えた。
衝動的に家を飛び出したものの、根性論で行方不明の兄が見つかるはずはなく、結局その日の夕方にとぼとぼ帰宅したのだった。
数日後、手掛かりをかき集めてC3に身を寄せる御国のもとに辿り着くことはできたが、彼の心を救うには手遅れだった。
御国が人生で最も辛かった瞬間、最も孤独だった期間に、彼の傍にいられなかったという事実は、今も私を苛んでいる。
「もし有栖院御国の傍にいられたとしても、君にできることは限られていたかもしれないよ。それに、あの時君が家に残ったおかげで、父や弟の心の拠り所になれたという見方もできる。君の選択は、そう責められるものではないよ」
誘拐犯に慰められてしまった。
ストックホルム症候群でも狙っているのだろうか。
ただ椿の言を借りるなら、兄の助けにはなれず、数年後に私が家を出たことで事情を知らない弟に新たな傷を作ってしまった。
私の選択は、何もかも中途半端だ。
「それに、数年越しとはいえ、名前がC3に入ったのは僕にとっては都合が良かったよ」
少しでも家族を守る力を身につけたかったので、魔術の勉強を本格的に開始し、任務に携わることで能力を磨いていった。
生みの親の血筋のおかげで才能には恵まれていたらしく、すぐに戦闘員として活躍することができた。
椿は都合が良かったと言うが、それが私にとって良かったのか悪かったのか、今となっては分からない。
――そこで、ふと引っ掛かった。
私がC3の戦闘員になったことが椿にとって『都合がいい』とは、一体どういう意味だ?
将来私を拉致する計画だったなら、吸血鬼を倒す力をつけるのはむしろ不都合じゃないのか?
「日記を読むと、名前の心情や価値観がよく分かるね。やっぱり僕は間違ってなかった」
椿の手中にある日記の中身は、私の位置からでは確認できないが、何を書いたかはある程度覚えている。
かつての自分が、どんな文章を書き連ねたか。
「C3に入ってから、吸血鬼への嫌悪感や敵愾心が強くなったね。時折僕の悪口も書いてある」
椿は楽しそうに頬を緩め、愛おしそうに文字を撫でた。
監禁された当初だったら理解に苦しんだだろうが、今なら少しだけ彼の考えを読み取ることができる。
C3には吸血鬼に家族や友人を殺された者が多く、それゆえに吸血鬼に憎しみを抱いている者が多かった――しかもその筆頭が兄だった。
幼少期は仇討ちの意味すら知らなかった世間知らずでも、母の死や兄の変貌に打ちのめされた後、C3の考え方に同調するのに時間はかからなかった。
それがきっと、日記の文章にも表れているのだ。
なるほど、だからC3に入ったことが『都合が良い』のか。
彼にとっては、感情の内容に関わらず、私に意識されることが最重要なのだ。
その条件さえクリアすれば、多少戦闘技術を身につけようがさほど問題とは感じなかったのだろう――そもそも訓練した身でありながら、殺されて拉致された有様である。
そこで、唐突に、これまでの椿の台詞がフラッシュバックした。
ある事実に気がついて、心臓を握りつぶされたような驚愕と、全身が凍り付くような寒気に襲われた。
――C3の戦闘員になったのは、両親の仇を討つためだって少し期待してたんだよ。
――いつか僕を殺すために会いに来てくれる。それが叶わなくても、僕が目の前に現れれば、名前は僕に強い憎しみを向けてくれるって、そう信じてたんだ。
――当然恨まれてると思ってたよ、実の両親を殺した僕のことを。
椿の批評は間違っていない。
少なくとも“ある時期”までは、肉親を殺した椿のことを恨んでいた。
けれど、今はそうではない。
許したわけでも有耶無耶にするつもりもないが、椿本人の口から実の両親を殺したことを告げられても、冷静に受け止められる程度には折り合いがついている。
――名前が七歳の時に出会ってからずっと、有栖院家にいた時も、家を出てC3に入ってからも、一人暮らしをしながら中学に通ってた頃も、ずっと名前を見ていたよ。
『ずっと見ていた』という言葉を、もう少し真剣に受け止めるべきだった。
彼の言った通り、本当に“ずっと”見ていたのだとしたら――もしも、心変わりした契機を目撃していたとしたら。
私を殺した時、椿の目には怒りの炎が宿っていた。
彼はこう言った。
まるで浮気した恋人を責めるような口調だった。
――ねえ、どうして僕を裏切ったの?
C3の社風に感化され、両親を殺した椿を恨んでいた時期があった。
しかし、“あるきっかけ”によって、その感情とは決別した。
愛されないなら仇敵として憎んでほしかった椿にとって、その感情変化は裏切り行為に映っただろう。
だから私を監禁した。
外界から隔絶し、もう一度自分を意識してもらうために。
椿は不意にサングラスを外し、私と目を合わせた。
この瞬間、私達はお互いの考えを完全に共有できたような感覚がした。
けれど、殺された時よりも監禁された時よりも、彼のことが得体の知れない化物に見えた。