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あれから何時間経過しただろう。
枕に頭を乗せ、マットレスの上で身じろぎもせず、糸の痕がくっきりとついた手首をずっと眺めている。
もしもこの部屋の様子を監視されているとしたら、私の姿は完全に心を折られ生気を失っているように見えるだろう。
しかし、思いがけず拘束がなくなったことは私にとって喜ばしいことである――たとえ椿側にどのような思惑があったとしてもだ。
確かに現状逃走手段も外部との連絡手段も確立していないし、吸血鬼にされたことは何時間経とうが立ち直れないけれど、まだささやかな希望は残っている。
たとえば第一案、このまま助けが来るのを待つ。
他力本願極まりないが、私の場合はそれほど愚策ではないと思う――実家と職場が有能だからだ。
吸血鬼事情に明るい彼らが私の部屋の戦闘跡を見れば、私の身に何が起こったかはすぐに分かるはずだし、犯人の目星も容易につくはずだ。
有栖院家とC3が協力すれば、時間を掛ければ椿のアジトを割り出せるかもしれない。
ただ、問題があるとすれば、それまで私の心がもつかどうかだ。
こうして一人になると冷静さを取り戻せるが、椿が目の前にいる時はあの底知れない雰囲気に呑まれ、彼の言葉に従ってしまいそうになるのだ。
自分には味方がいなくて、椿以外に縋る存在がいないと本気で思えてくるのだ。
家族や仲間の顔を思い浮かべ、彼らとの思い出を丁寧に抽出すればそんな洗脳からはすぐに抜け出せるのだが、それもいつまで通用するか分からない。
なので、自ずと選択するのは第二案となる。
しかしこちらは第一案と比べて圧倒的に成功率が低く、運の要素も大きい。
椿がこの部屋に来たのは最初に運ばれた時を除いて計二回だが、思い返せばどちらも入って来た後ドアの鍵を掛けていなかったのだ。
元々内側からは鍵の掛けられない仕様になっているのだが、椿が部屋にいる間、外から誰かが施錠した様子はなかった。
なので、その間になんとか椿の隙を突けば、開いたドアから逃げられるのではないか――第二案とは、端的に言えば力ずくでこの部屋を出る作戦である。
ちなみに、拘束が外れて真っ先に窓を確認したら、魔術でガラス部分がコーティングされた上、クレセント錠が接着剤で固められていた――窓からの脱出は諦めた方が良さそうだ。
そう、脱出だ。
以前は失敗したが、今度こそ余計な配慮や無駄な躊躇はせず逃走に徹するのだ。
部屋の外に下位吸血鬼も複数いるだろうが、彼らとの戦闘は極力避ける。
皮肉にも吸血鬼となったことで身体能力や回復能力が向上しているはずなので、多少の怪我は覚悟の上で突破のみに注力する。
少しでも彼らから離れることができれば、そして仲間にこの居場所を知らせることができれば、憂鬱の吸血鬼を捕縛できるかもしれない。
それに、化物にされたことは取り返しがつかないけれど、契約の方はなんとかできる。
すべて元通りとはいかないが、ここから脱出できれば事態は好転するはずだ。
とは言え、椿や今日本にいる下位吸血鬼達の戦闘能力を鑑みれば、この作戦の成功率は圧倒的に低い。
それに一度でも失敗すれば間違いなく監視の目が強化されるし、油断を誘うための疲弊した演技も通用しなくなる――椿は私を永遠に傍に置きたいと言っていたが、もしかしたら今度こそ殺されるかもしれない。
でも大丈夫。
化物になっても、私は独りじゃない。
独りじゃないなら戦える。
洗脳力のある椿の言葉も、彼の目的や弱点を聞き出すことに集中すれば効果が薄くなるかもしれない。
むしろC3にとって強敵である憂鬱の真祖を攻略する好機を得たと感謝するくらいの心持ちでいよう。
そんなことを考えながらベッドの上で息を潜めていると、待ちに待った扉の開く時が来た。
しかし、姿を見せた人物は椿ではなかった。
白いスーツを着こなす背の高い男性が、豪奢な椅子を持って這入ってきたのだ。
そして、そのすぐ後ろから椿も続いて現れた。
――見張りの追加? このタイミングで?
動揺が表情に出ないように必死に振る舞いながら観察していると、白スーツの男は椅子をベッドの傍に置いて、椿の方を振り返った。
「若、この位置でよろしいでしょうか」
「うん。ありがとう」
男の問いに鷹揚に答えた椿は、私を見て優しく微笑んだ。
その背後で、白スーツの男がこちらを睨んでいる。
その時、ようやくこの男の正体に気づいた。
C3の“捕縛者リスト”で見た記憶がある。
確か椿の下位吸血鬼で、露木修平くんの――
「では、私はこれで失礼します。どうかお気をつけて」
男は私から視線を外し、椿に一礼してから部屋を出ていった。
対する椿は、男の運んで来た椅子にゆったりと腰掛け、美しい所作で足を組んだ――完全に居座る体勢だ。
しかも袖口から一冊の本を取り出し、その表紙を開いた。
なんとわざわざこの薄暗い場所で読書を始める気のようだ。
一体何の本だと表紙に目を凝らし、咄嗟に起き上がりそうになった。
椿の目線が、本のページから私に移る。
「ああ、これ? 名前の日記だよ。鞄に入ってたから持って来たんだ」
何やってんだおい。
――と、言いたいのをぎりぎり堪えた。
ネックレスと言い、あまりに大胆に人の鞄を漁り私物を抜き取る彼の中に、良識というものは存在するのか――していたら監禁なんてしないか。
「これを見ながら、昔話をしようか」
心の中では強気に毒づいているものの、実は彼の言動に恐怖している。
『思い出があれば椿に負けない』と意気込んでいたのを見透かしたかのように、椿がその思い出に踏み込んできたからだ。
ベッドの上に、逃げ場はない。
枕に頭を乗せ、マットレスの上で身じろぎもせず、糸の痕がくっきりとついた手首をずっと眺めている。
もしもこの部屋の様子を監視されているとしたら、私の姿は完全に心を折られ生気を失っているように見えるだろう。
しかし、思いがけず拘束がなくなったことは私にとって喜ばしいことである――たとえ椿側にどのような思惑があったとしてもだ。
確かに現状逃走手段も外部との連絡手段も確立していないし、吸血鬼にされたことは何時間経とうが立ち直れないけれど、まだささやかな希望は残っている。
たとえば第一案、このまま助けが来るのを待つ。
他力本願極まりないが、私の場合はそれほど愚策ではないと思う――実家と職場が有能だからだ。
吸血鬼事情に明るい彼らが私の部屋の戦闘跡を見れば、私の身に何が起こったかはすぐに分かるはずだし、犯人の目星も容易につくはずだ。
有栖院家とC3が協力すれば、時間を掛ければ椿のアジトを割り出せるかもしれない。
ただ、問題があるとすれば、それまで私の心がもつかどうかだ。
こうして一人になると冷静さを取り戻せるが、椿が目の前にいる時はあの底知れない雰囲気に呑まれ、彼の言葉に従ってしまいそうになるのだ。
自分には味方がいなくて、椿以外に縋る存在がいないと本気で思えてくるのだ。
家族や仲間の顔を思い浮かべ、彼らとの思い出を丁寧に抽出すればそんな洗脳からはすぐに抜け出せるのだが、それもいつまで通用するか分からない。
なので、自ずと選択するのは第二案となる。
しかしこちらは第一案と比べて圧倒的に成功率が低く、運の要素も大きい。
椿がこの部屋に来たのは最初に運ばれた時を除いて計二回だが、思い返せばどちらも入って来た後ドアの鍵を掛けていなかったのだ。
元々内側からは鍵の掛けられない仕様になっているのだが、椿が部屋にいる間、外から誰かが施錠した様子はなかった。
なので、その間になんとか椿の隙を突けば、開いたドアから逃げられるのではないか――第二案とは、端的に言えば力ずくでこの部屋を出る作戦である。
ちなみに、拘束が外れて真っ先に窓を確認したら、魔術でガラス部分がコーティングされた上、クレセント錠が接着剤で固められていた――窓からの脱出は諦めた方が良さそうだ。
そう、脱出だ。
以前は失敗したが、今度こそ余計な配慮や無駄な躊躇はせず逃走に徹するのだ。
部屋の外に下位吸血鬼も複数いるだろうが、彼らとの戦闘は極力避ける。
皮肉にも吸血鬼となったことで身体能力や回復能力が向上しているはずなので、多少の怪我は覚悟の上で突破のみに注力する。
少しでも彼らから離れることができれば、そして仲間にこの居場所を知らせることができれば、憂鬱の吸血鬼を捕縛できるかもしれない。
それに、化物にされたことは取り返しがつかないけれど、契約の方はなんとかできる。
すべて元通りとはいかないが、ここから脱出できれば事態は好転するはずだ。
とは言え、椿や今日本にいる下位吸血鬼達の戦闘能力を鑑みれば、この作戦の成功率は圧倒的に低い。
それに一度でも失敗すれば間違いなく監視の目が強化されるし、油断を誘うための疲弊した演技も通用しなくなる――椿は私を永遠に傍に置きたいと言っていたが、もしかしたら今度こそ殺されるかもしれない。
でも大丈夫。
化物になっても、私は独りじゃない。
独りじゃないなら戦える。
洗脳力のある椿の言葉も、彼の目的や弱点を聞き出すことに集中すれば効果が薄くなるかもしれない。
むしろC3にとって強敵である憂鬱の真祖を攻略する好機を得たと感謝するくらいの心持ちでいよう。
そんなことを考えながらベッドの上で息を潜めていると、待ちに待った扉の開く時が来た。
しかし、姿を見せた人物は椿ではなかった。
白いスーツを着こなす背の高い男性が、豪奢な椅子を持って這入ってきたのだ。
そして、そのすぐ後ろから椿も続いて現れた。
――見張りの追加? このタイミングで?
動揺が表情に出ないように必死に振る舞いながら観察していると、白スーツの男は椅子をベッドの傍に置いて、椿の方を振り返った。
「若、この位置でよろしいでしょうか」
「うん。ありがとう」
男の問いに鷹揚に答えた椿は、私を見て優しく微笑んだ。
その背後で、白スーツの男がこちらを睨んでいる。
その時、ようやくこの男の正体に気づいた。
C3の“捕縛者リスト”で見た記憶がある。
確か椿の下位吸血鬼で、露木修平くんの――
「では、私はこれで失礼します。どうかお気をつけて」
男は私から視線を外し、椿に一礼してから部屋を出ていった。
対する椿は、男の運んで来た椅子にゆったりと腰掛け、美しい所作で足を組んだ――完全に居座る体勢だ。
しかも袖口から一冊の本を取り出し、その表紙を開いた。
なんとわざわざこの薄暗い場所で読書を始める気のようだ。
一体何の本だと表紙に目を凝らし、咄嗟に起き上がりそうになった。
椿の目線が、本のページから私に移る。
「ああ、これ? 名前の日記だよ。鞄に入ってたから持って来たんだ」
何やってんだおい。
――と、言いたいのをぎりぎり堪えた。
ネックレスと言い、あまりに大胆に人の鞄を漁り私物を抜き取る彼の中に、良識というものは存在するのか――していたら監禁なんてしないか。
「これを見ながら、昔話をしようか」
心の中では強気に毒づいているものの、実は彼の言動に恐怖している。
『思い出があれば椿に負けない』と意気込んでいたのを見透かしたかのように、椿がその思い出に踏み込んできたからだ。
ベッドの上に、逃げ場はない。