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こうして椿に監禁される理由に心当たりは全くないけれど、監禁されるに至った経緯ははっきりと覚えている。
今から数時間前か数日前か、とにかく部屋に閉じ込められる直前の記憶である。
その日の放課後はたまたまC3の仕事がなくて、珍しく学校から直接帰宅したのだった。
玄関に入ると、部屋の奥から男の声がした。
「おかえり」
思わずただいま、と返しそうになったが、すぐに異常に気づいて戦慄した。
赤ん坊の頃に両親を亡くして以来、生前両親と親交のあった有栖院家にお世話になっていたのだが、中学の時に家を出てからは一人暮らしをしている。
自立した者の義務として生活費は自分の給料で賄っているが、今住んでいるマンションだけは義父から餞別として貰ったものだ。
要人でも匿っているのかと疑うほどセキュリティレベルが高い上、絶対に一人で住むと想定していない広さの部屋を宛がわれた時は、育ての親の常識外れの金銭感覚に辟易したものの、紆余曲折あった末現在に至るまでありがたく使わせてもらっている。
つまり何が言いたいのかと言えば、私しか住んでいない部屋から第三者の『おかえり』という挨拶があるのはあり得ないということだ。
ばたんッ、と背後で玄関のドアが閉まり、オートロックが掛かった。
声はリビングの方から聞こえた。
廊下は一直線に伸びていて遮蔽物はないが、リビングのドアが閉まっているので中の様子は窺えなかった。
ここで、顔の見えない不法侵入者を放置し、すぐに部屋を飛び出して通報していれば、もしかしたら別の結末があったのかもしれない。
けれど、当時の私は、数年間C3の戦闘員として前線を生き抜いてきたという自負があったので、留守中に乙女の家に忍び込みふてぶてしく居座る不届き者を撃退してやろうと考えたのだ。
これまでやってこれたのは家族のお陰であって、生き抜いてこれたのは仲間のお陰であって、自分一人で何かを成し遂げたことなど一度もないという現実が、頭からすっぽりと抜け落ちていた。
かと言って、丸腰で挑むほどさすがの私も無謀ではなかった――肩に掛けていた鞄を玄関に残し、右手に魔法道具、左手にスマホを装備して、廊下を進んだ。
そして、警戒しながらリビングのドアを開けた先で、我が物顔で大人数掛けのソファに凭れる椿を目撃したのだった。
――これが、椿との出遭いである。
初対面ですぐに彼を“憂鬱”のサーヴァンプだと断定できたのは、資料で予め容姿を把握していたからだ。
しかし、これまで“憂鬱”とは下位吸血鬼すら交戦経験がなかったので(その事実だけで私は職場でどれだけ甘やかされていたか察するべきだった)、私にとって“憂鬱”の真祖は雲を掴むような存在だったのだ。
そんな人物が目の前に、よりにもよって自宅に現れるなんて夢にも思っていなかった。
一瞬思考が止まりそうになったが、このまま固まっていたら殺されると声帯に鞭打った。
「貴方、“憂鬱”のサーヴァンプよね?」
内心は混乱の極致だったが、努めて冷静な振りをして詰問した。
「何が目的? どうやってここに這入ったの?」
形式的に質問してみたが、まともに答えてくれることは期待していなかった。
そもそも聞くまでもなく、彼の目的は明白だった――こうして待ち伏せていたのだから、十中八九私を殺害することに違いない。
C3は椿を危険視しているし、私は一応良い家系の魔術師だから、狙い撃って奇襲する理由は充分にある。
だから、これは救援を呼ぶまでの時間稼ぎのつもりだった。
まさか一人でこの状況に対処できるとは考えていない――過去多くの戦闘員を葬ってきた化物相手に、私程度が単身で勝てるはずがないのだから。
相手の言動に細心の注意を払いながら、こっそりスマホの通報ボタンを押そうとした時、椿は重々しく口を開いた。
「ねえ、どうして僕を裏切ったの?」
その発言に、スマホを操作しようとした指が止まった。
確かにまともな返答を期待していたわけではなかったが、あまりに意味不明な内容に虚を突かれてしまった。
――『裏切った』? 何のことだ?
サングラスの奥で、血のように真っ赤な瞳がこちらの様子をじっと窺っていた。
「僕は君を信用して、今まで自由にさせてきた。本当はすぐにでも手に入れたかったけど、君が大人になるまで我慢したんだ。君が僕に応えてくれると信じてたから。君と結ばれる未来を信じていたから」
つらつらとまくし立てられる言葉のすべてに身に覚えがなかった。
私とこの人は初対面、のはずだ。
けれど、椿の口調はまるで浮気した恋人を責めているようで、彼の目には私に対する執着が見え隠れしていた。
何かぞっとしたものを感じて、急き立てられるようにスマホの操作を再開した。
――オレが吸血鬼を殺す理由? 言われたことをやってるだけだよ。
――……そんなに驚かなくてもいいんじゃない?
通報ボタンを押す直前、かつて吊戯さんとした会話が唐突に蘇った。
記憶の中で、戦う理由や自分の生死にすら頓着しない彼が、私が動揺したのを受けて困ったように笑っていた。
「本当は、もっとロマンチックな場所で実行するつもりだったけど」
救援を呼ぶのを僅かに逡巡した隙を突いて、椿はふらりと立ち上がった。
培ってきた第六感が、椿を一目見た時より強く私に訴えかけた。
このままでは殺される、と。
「今日を僕らの記念日にしよう。名前」
椿が私の名前を呼んだ直後、彼の手中に出現した刀が私に襲い掛かってきた。
袈裟斬りの一撃を身体を捻ることで間一髪躱したが、避けきれなかったスマホが真っ二つになった。
使えなくなった連絡手段を放り捨て、回避した勢いで部屋の奥に転がり込んで椿から距離を取ろうとしたのだが、すぐさま恐ろしい精度の追撃が飛んできた。
数回攻撃を捌いた段階で、勝ち目がないと改めて思い知ったので、適当に戦う振りをした後窓から逃げるつもりだったのだが――
「名前がこの部屋を出たら、代わりに君の大事な人達を殺すよ」
この一言で、呆気なく退路を断たれてしまった。
もはや私に残された選択肢は、諦めて潔く死ぬか、戦って無様に死ぬか、その二つだった。
結局選んだのは後者で、数十分の攻防の末、予定調和に殺されたのだった。
本当は死にたくなかったし、死ぬとしたら最期にどうしても会いたい人もいたけれど、この仕事に就いた時から覚悟していたことだと無理矢理自分を納得させて、意識を闇に委ねた。
――そこで、有栖院名前の人生は終結するはずだった。
目を覚ますと、私の身体はあの部屋のベッドに横たえられていた。
奪われたはずの命があることに疑問を抱くより先に、僅か数十センチの距離にある椿の顔に息をのんだ。
逃亡防止のためか、椿は自身の身体とマットレスの間に私を挟み込むような体勢を取っていたのだ。
「おはよう。僕の名前」
気障な台詞と甘ったるい笑顔からは、自宅で体感した殺伐とした雰囲気は感じなかった。
しかし、椿の首にぶら下がった見慣れたネックレスに目を奪われ、思わず声を上げた。
「それっ……!」
「ああ、これ? 鞄の中に入ってたから、名前を運ぶ時に一緒に持ってきたんだ」
椿は悪びれもせず、飾りの宝石を摘まんで見せた。
それは、今は亡き義母がくれたネックレスだ。
吸血鬼が触れていい代物ではない。
「痛っ!」
無意識に噛み締めていたらしく、自分の八重歯で唇を切ってしまった。
――八重歯?
十数年生きてきたが、私の口腔にそんなものがあっただろうか?
椿の視線が、一瞬だけ唇から流れる血に移った。
「名前、呼んで」
「は……?」
「僕の名前を呼んで」
椿は洗脳するように、繰り返し私に言い聞かせた。
名前を呼べ、と。
気がつけば、促されるまま口を開いていた。
「“椿”……」
直後、唇を彼のもので塞がれた。
そして、口元の血を舐めとるように隅々まで味わってから、ゆっくりと離れていった。
唖然とした。
刹那の出来事だったが、椿と自分の間に光る鎖が繋がったのを目視したからだ。
今のは何だったのかと頭を巡らせ、ようやくある結論に思い至った。
物、名前、血。
吸血鬼と主人の契約に必要なものを、彼が手に入れたことに気づいてしまった。
「まさか、契約したの……?」
「うん。これで、君は僕の主人だ」
なんで、と口をついて出た。
“下僕(SERVANT)の吸血鬼(VAMPIRE)”という名前の由来が示すように、契約したサーヴァンプはさまざまな制約に縛られるし、主人に力を制御されてしまう。
椿にとって契約するメリットがない上、敵対組織の人間を主人に選ぶなんて自殺行為だ。
そもそも、私を殺すのが目的ではなかったのか――
「主従関係は気にしなくていいよ。契約したのは、僕から離れられないようにするためだから」
サーヴァンプと主人の制約のひとつである“限界距離”は、一定距離以上離れ続けると主人に異常が現れるというものだが――そのためだけ?
それだけのために、こんな回りくどい真似をして契約したのか?
「だから、君も僕の命令を聞かなくてもいいよ。君を吸血鬼にしたのは、君を不死にするためだから」
「……へ」
吸血鬼。
君を吸血鬼にした。
君を吸血鬼にした?
何をいってるの?
私が吸血鬼にされた?
吸血鬼になったの?
「そんな驚いた振りしなくていいよ。だって覚えてるでしょ、自分が殺されたこと。薄々気づいてたでしょ、自分の身に何が起こったのか」
私は死んだはずじゃなかったのか。
ならどうして今生きているんだ。
今生きている私は何なんだ。
「大丈夫。化物になった君はもう家にも職場にも帰れないけど、もう人間には返れないけど、今日から僕らが家族だよ。僕が永遠に君の傍にいてあげる」
思えば、ヒントはそこら中にあった。
本当なら、目を覚ました時点で真実に辿り着いても良かったのだ。
私が寝ている間に、彼に何をされたのか。
私が“何”になったのか。
悲鳴を上げる私を見下ろして、彼は満足そうに口元を綻ばせた。
「ハッピーバースデー、名前」
こうして、椿は私のサーヴァンプになり、私は椿の下位吸血鬼になった。
今から数時間前か数日前か、とにかく部屋に閉じ込められる直前の記憶である。
その日の放課後はたまたまC3の仕事がなくて、珍しく学校から直接帰宅したのだった。
玄関に入ると、部屋の奥から男の声がした。
「おかえり」
思わずただいま、と返しそうになったが、すぐに異常に気づいて戦慄した。
赤ん坊の頃に両親を亡くして以来、生前両親と親交のあった有栖院家にお世話になっていたのだが、中学の時に家を出てからは一人暮らしをしている。
自立した者の義務として生活費は自分の給料で賄っているが、今住んでいるマンションだけは義父から餞別として貰ったものだ。
要人でも匿っているのかと疑うほどセキュリティレベルが高い上、絶対に一人で住むと想定していない広さの部屋を宛がわれた時は、育ての親の常識外れの金銭感覚に辟易したものの、紆余曲折あった末現在に至るまでありがたく使わせてもらっている。
つまり何が言いたいのかと言えば、私しか住んでいない部屋から第三者の『おかえり』という挨拶があるのはあり得ないということだ。
ばたんッ、と背後で玄関のドアが閉まり、オートロックが掛かった。
声はリビングの方から聞こえた。
廊下は一直線に伸びていて遮蔽物はないが、リビングのドアが閉まっているので中の様子は窺えなかった。
ここで、顔の見えない不法侵入者を放置し、すぐに部屋を飛び出して通報していれば、もしかしたら別の結末があったのかもしれない。
けれど、当時の私は、数年間C3の戦闘員として前線を生き抜いてきたという自負があったので、留守中に乙女の家に忍び込みふてぶてしく居座る不届き者を撃退してやろうと考えたのだ。
これまでやってこれたのは家族のお陰であって、生き抜いてこれたのは仲間のお陰であって、自分一人で何かを成し遂げたことなど一度もないという現実が、頭からすっぽりと抜け落ちていた。
かと言って、丸腰で挑むほどさすがの私も無謀ではなかった――肩に掛けていた鞄を玄関に残し、右手に魔法道具、左手にスマホを装備して、廊下を進んだ。
そして、警戒しながらリビングのドアを開けた先で、我が物顔で大人数掛けのソファに凭れる椿を目撃したのだった。
――これが、椿との出遭いである。
初対面ですぐに彼を“憂鬱”のサーヴァンプだと断定できたのは、資料で予め容姿を把握していたからだ。
しかし、これまで“憂鬱”とは下位吸血鬼すら交戦経験がなかったので(その事実だけで私は職場でどれだけ甘やかされていたか察するべきだった)、私にとって“憂鬱”の真祖は雲を掴むような存在だったのだ。
そんな人物が目の前に、よりにもよって自宅に現れるなんて夢にも思っていなかった。
一瞬思考が止まりそうになったが、このまま固まっていたら殺されると声帯に鞭打った。
「貴方、“憂鬱”のサーヴァンプよね?」
内心は混乱の極致だったが、努めて冷静な振りをして詰問した。
「何が目的? どうやってここに這入ったの?」
形式的に質問してみたが、まともに答えてくれることは期待していなかった。
そもそも聞くまでもなく、彼の目的は明白だった――こうして待ち伏せていたのだから、十中八九私を殺害することに違いない。
C3は椿を危険視しているし、私は一応良い家系の魔術師だから、狙い撃って奇襲する理由は充分にある。
だから、これは救援を呼ぶまでの時間稼ぎのつもりだった。
まさか一人でこの状況に対処できるとは考えていない――過去多くの戦闘員を葬ってきた化物相手に、私程度が単身で勝てるはずがないのだから。
相手の言動に細心の注意を払いながら、こっそりスマホの通報ボタンを押そうとした時、椿は重々しく口を開いた。
「ねえ、どうして僕を裏切ったの?」
その発言に、スマホを操作しようとした指が止まった。
確かにまともな返答を期待していたわけではなかったが、あまりに意味不明な内容に虚を突かれてしまった。
――『裏切った』? 何のことだ?
サングラスの奥で、血のように真っ赤な瞳がこちらの様子をじっと窺っていた。
「僕は君を信用して、今まで自由にさせてきた。本当はすぐにでも手に入れたかったけど、君が大人になるまで我慢したんだ。君が僕に応えてくれると信じてたから。君と結ばれる未来を信じていたから」
つらつらとまくし立てられる言葉のすべてに身に覚えがなかった。
私とこの人は初対面、のはずだ。
けれど、椿の口調はまるで浮気した恋人を責めているようで、彼の目には私に対する執着が見え隠れしていた。
何かぞっとしたものを感じて、急き立てられるようにスマホの操作を再開した。
――オレが吸血鬼を殺す理由? 言われたことをやってるだけだよ。
――……そんなに驚かなくてもいいんじゃない?
通報ボタンを押す直前、かつて吊戯さんとした会話が唐突に蘇った。
記憶の中で、戦う理由や自分の生死にすら頓着しない彼が、私が動揺したのを受けて困ったように笑っていた。
「本当は、もっとロマンチックな場所で実行するつもりだったけど」
救援を呼ぶのを僅かに逡巡した隙を突いて、椿はふらりと立ち上がった。
培ってきた第六感が、椿を一目見た時より強く私に訴えかけた。
このままでは殺される、と。
「今日を僕らの記念日にしよう。名前」
椿が私の名前を呼んだ直後、彼の手中に出現した刀が私に襲い掛かってきた。
袈裟斬りの一撃を身体を捻ることで間一髪躱したが、避けきれなかったスマホが真っ二つになった。
使えなくなった連絡手段を放り捨て、回避した勢いで部屋の奥に転がり込んで椿から距離を取ろうとしたのだが、すぐさま恐ろしい精度の追撃が飛んできた。
数回攻撃を捌いた段階で、勝ち目がないと改めて思い知ったので、適当に戦う振りをした後窓から逃げるつもりだったのだが――
「名前がこの部屋を出たら、代わりに君の大事な人達を殺すよ」
この一言で、呆気なく退路を断たれてしまった。
もはや私に残された選択肢は、諦めて潔く死ぬか、戦って無様に死ぬか、その二つだった。
結局選んだのは後者で、数十分の攻防の末、予定調和に殺されたのだった。
本当は死にたくなかったし、死ぬとしたら最期にどうしても会いたい人もいたけれど、この仕事に就いた時から覚悟していたことだと無理矢理自分を納得させて、意識を闇に委ねた。
――そこで、有栖院名前の人生は終結するはずだった。
目を覚ますと、私の身体はあの部屋のベッドに横たえられていた。
奪われたはずの命があることに疑問を抱くより先に、僅か数十センチの距離にある椿の顔に息をのんだ。
逃亡防止のためか、椿は自身の身体とマットレスの間に私を挟み込むような体勢を取っていたのだ。
「おはよう。僕の名前」
気障な台詞と甘ったるい笑顔からは、自宅で体感した殺伐とした雰囲気は感じなかった。
しかし、椿の首にぶら下がった見慣れたネックレスに目を奪われ、思わず声を上げた。
「それっ……!」
「ああ、これ? 鞄の中に入ってたから、名前を運ぶ時に一緒に持ってきたんだ」
椿は悪びれもせず、飾りの宝石を摘まんで見せた。
それは、今は亡き義母がくれたネックレスだ。
吸血鬼が触れていい代物ではない。
「痛っ!」
無意識に噛み締めていたらしく、自分の八重歯で唇を切ってしまった。
――八重歯?
十数年生きてきたが、私の口腔にそんなものがあっただろうか?
椿の視線が、一瞬だけ唇から流れる血に移った。
「名前、呼んで」
「は……?」
「僕の名前を呼んで」
椿は洗脳するように、繰り返し私に言い聞かせた。
名前を呼べ、と。
気がつけば、促されるまま口を開いていた。
「“椿”……」
直後、唇を彼のもので塞がれた。
そして、口元の血を舐めとるように隅々まで味わってから、ゆっくりと離れていった。
唖然とした。
刹那の出来事だったが、椿と自分の間に光る鎖が繋がったのを目視したからだ。
今のは何だったのかと頭を巡らせ、ようやくある結論に思い至った。
物、名前、血。
吸血鬼と主人の契約に必要なものを、彼が手に入れたことに気づいてしまった。
「まさか、契約したの……?」
「うん。これで、君は僕の主人だ」
なんで、と口をついて出た。
“下僕(SERVANT)の吸血鬼(VAMPIRE)”という名前の由来が示すように、契約したサーヴァンプはさまざまな制約に縛られるし、主人に力を制御されてしまう。
椿にとって契約するメリットがない上、敵対組織の人間を主人に選ぶなんて自殺行為だ。
そもそも、私を殺すのが目的ではなかったのか――
「主従関係は気にしなくていいよ。契約したのは、僕から離れられないようにするためだから」
サーヴァンプと主人の制約のひとつである“限界距離”は、一定距離以上離れ続けると主人に異常が現れるというものだが――そのためだけ?
それだけのために、こんな回りくどい真似をして契約したのか?
「だから、君も僕の命令を聞かなくてもいいよ。君を吸血鬼にしたのは、君を不死にするためだから」
「……へ」
吸血鬼。
君を吸血鬼にした。
君を吸血鬼にした?
何をいってるの?
私が吸血鬼にされた?
吸血鬼になったの?
「そんな驚いた振りしなくていいよ。だって覚えてるでしょ、自分が殺されたこと。薄々気づいてたでしょ、自分の身に何が起こったのか」
私は死んだはずじゃなかったのか。
ならどうして今生きているんだ。
今生きている私は何なんだ。
「大丈夫。化物になった君はもう家にも職場にも帰れないけど、もう人間には返れないけど、今日から僕らが家族だよ。僕が永遠に君の傍にいてあげる」
思えば、ヒントはそこら中にあった。
本当なら、目を覚ました時点で真実に辿り着いても良かったのだ。
私が寝ている間に、彼に何をされたのか。
私が“何”になったのか。
悲鳴を上げる私を見下ろして、彼は満足そうに口元を綻ばせた。
「ハッピーバースデー、名前」
こうして、椿は私のサーヴァンプになり、私は椿の下位吸血鬼になった。