Where are you?
名前変換
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とんとん、と控えめにドアがノックされた。
椿は一度ドアの方へ目線を動かしてから、サングラスをかけ直し、日記をテーブルの上に置いた。
赤い瞳が隠されたことで、不思議な圧迫感から解放されたような気がした。
自然な動作を装って椿から顔を背け、天井を見上げた。
視界の外で、下駄の音が遠ざかり、椿の手でドアが開けられた。
「若、申し訳ありません。至急お伝えしたいことが……――」
「いいよ。何?」
声と口調から、相手はさっきの下位吸血鬼(シャムロックだったか?)だろう。
椿に促され、シャムロックは何かを耳打ちした。
内容は聞き取れなかったが、続く椿の声色から察するに、あまり良い知らせではなかったようだ。
「――……へえ、ベルキアが。分かった、僕が行くよ」
「……よろしいのですか?」
「名前は暫く一人にしてあげて。外に監視を立たせておけば充分だよ」
「し、しかし……」
「大丈夫。もう逃げる気力はないだろうから」
自分の話題が出ても、反応する余裕はもはやない。
呆然と聞き流していると、椿の声が私に向けられた。
「少し出掛けてくるよ。すぐに戻って来るつもりだけど、その間に一人でゆっくり考えてね」
そして本当に椿が部屋を出て行き、再び室内に静寂が戻った。
人の気配が消えて暫くしてから、肺の中の空気をゆっくりと吐き出した。
『私に逃げる気力がない』という椿の見立ては正しい。
椿の離れた今が絶好のチャンスだと分かっているのに、脱走どころか、起き上がる気力すら残っていない。
というのも、一人になっても、頭の中に椿の存在が居座っているのだ。
こちらの内心を見透かしたような笑み、執着心が垣間見える赤い瞳、日記のページを捲る指の動き――網膜に焼きついて離れない。
部屋を出て行った時の姿は見ていないのに、椿の声を思い出すと自然と頭に浮かんでぞっとした。
――ゆっくり考えてね。
それは、監禁された当初にも聞いた台詞だ。
ただ、あの時と違って、今ならその言葉の真意を理解できる気がする。
何を考えるべきか、もう見当がついている。
けれど、頭に浮かんだ仮説を考え進めるのをあまりに恐ろしく感じた。
虚勢が打ち砕かれ、弱気が鎌首をもたげ、とうとう耐えきれなくなった。
「――助けて、恭弥……」
無意識に縋った相手は、家族でもC3の仲間でもなかった。
ずっと心に仕舞っておこうと決めていた名前だった。
声に出した途端に涙が溢れ、返事の来ない名前を呼んだことを後悔した。
椿は一度ドアの方へ目線を動かしてから、サングラスをかけ直し、日記をテーブルの上に置いた。
赤い瞳が隠されたことで、不思議な圧迫感から解放されたような気がした。
自然な動作を装って椿から顔を背け、天井を見上げた。
視界の外で、下駄の音が遠ざかり、椿の手でドアが開けられた。
「若、申し訳ありません。至急お伝えしたいことが……――」
「いいよ。何?」
声と口調から、相手はさっきの下位吸血鬼(シャムロックだったか?)だろう。
椿に促され、シャムロックは何かを耳打ちした。
内容は聞き取れなかったが、続く椿の声色から察するに、あまり良い知らせではなかったようだ。
「――……へえ、ベルキアが。分かった、僕が行くよ」
「……よろしいのですか?」
「名前は暫く一人にしてあげて。外に監視を立たせておけば充分だよ」
「し、しかし……」
「大丈夫。もう逃げる気力はないだろうから」
自分の話題が出ても、反応する余裕はもはやない。
呆然と聞き流していると、椿の声が私に向けられた。
「少し出掛けてくるよ。すぐに戻って来るつもりだけど、その間に一人でゆっくり考えてね」
そして本当に椿が部屋を出て行き、再び室内に静寂が戻った。
人の気配が消えて暫くしてから、肺の中の空気をゆっくりと吐き出した。
『私に逃げる気力がない』という椿の見立ては正しい。
椿の離れた今が絶好のチャンスだと分かっているのに、脱走どころか、起き上がる気力すら残っていない。
というのも、一人になっても、頭の中に椿の存在が居座っているのだ。
こちらの内心を見透かしたような笑み、執着心が垣間見える赤い瞳、日記のページを捲る指の動き――網膜に焼きついて離れない。
部屋を出て行った時の姿は見ていないのに、椿の声を思い出すと自然と頭に浮かんでぞっとした。
――ゆっくり考えてね。
それは、監禁された当初にも聞いた台詞だ。
ただ、あの時と違って、今ならその言葉の真意を理解できる気がする。
何を考えるべきか、もう見当がついている。
けれど、頭に浮かんだ仮説を考え進めるのをあまりに恐ろしく感じた。
虚勢が打ち砕かれ、弱気が鎌首をもたげ、とうとう耐えきれなくなった。
「――助けて、恭弥……」
無意識に縋った相手は、家族でもC3の仲間でもなかった。
ずっと心に仕舞っておこうと決めていた名前だった。
声に出した途端に涙が溢れ、返事の来ない名前を呼んだことを後悔した。