中学一年生
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帝光中学校、入学式当日。
予定通り天気にも恵まれ、私は晴れ渡るような気持ちで学校までの道のりを歩いていた。
真っ白なブレザー、ブルーのカッターシャツ、黒いリボン、身に纏うものすべてがかつて憧れていたものだ。
これで気持ちが昂らない方がどうかしている。
いよいよ校門が視認できる距離まで近づき、スキップしたい衝動を抑えながら学校の塀沿いを歩いていると、背後から黒塗りの高級車が追い抜いた。
周囲の街並みから浮いた異質な車を目で追うと、校門の数十メートル手前の路上で停車した。
学校の関係者だろうか、と考えて、ふと頭をよぎった可能性に足を止めた。
すると、私の目の前で、車からスーツ姿の男性が降り、流れるような所作で後部座席のドアを開けた。
そして、中から私と同じ制服を着た少年が、姿を現したのだった。
彼が地面に降り立った瞬間、ぞくり、と全身に鳥肌が立つのを感じた。
息を潜めて観察していると、スーツの男性は少年に恭しく声を掛けた。
「本当にここでよろしいのですか?」
「ああ。あと明日からは送迎もいらない」
彼らのやり取りを聞いて、無意識に鞄の持ち手を握りしめた。
「そういうわけには……お父上にも校門まで送り届けるようにと……」
「父は関係ない。それに、毎朝そんなことをされては変に目立って笑われてしまうよ。学校ぐらいオレの自由にさせてくれ」
そう言って少年が身を翻した時、顔を完全に確認できた。
すると、向こうも私の気配に気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り向いた。
その拍子に赤い髪がさらりと流れる。
そして、私と視線が交わると――赤司征十郎は驚いたように僅かに目を見開いた。
対する私は、彼と目が合ったショックで身じろぎ一つできずにいた。
言葉の一つも発せられなかった。
それほど衝撃的な出会いだったのだ。
あの赤司征十郎と対面したこともそうだが、数秒前に彼と男性との間で交わされた会話は、間違いなく漫画にあった内容だった。
つまり、この時、私は初めて漫画の世界に入り込んだという実感を抱いたのだ。
運命のような体験に酔いしれる私には永遠のように感じたが、実際はほんの数瞬の出来事だったと思う。
先に正気に戻ったのは彼の方で、私から視線を逸らさないまま右手を上げた。
それはどうやらスーツの男性への合図だったらしく、男性は一礼してから車で走り去っていった。
エンジン音が遠ざかり、その場には赤司征十郎と私だけが残された。
比較的大きな通りに面している歩道なのに、何故か車も私達以外の通行人も通らない。
異様に静かな空気が周囲を漂っている。
何か声を掛けた方が良いのだろうが、言葉が喉に張り付いて吐き出すことができなかった。
赤司征十郎との邂逅。
そもそも、漫画の登場人物というオプションがなくてもオーラのある人物なのだ。
たとえ普通に出会ったとしても、相手に与える影響は少なくないだろう。
つまり、中学生活で最初に出会う人間としては間違いなくハードルが高すぎるのだ。
しかし、突然のラスボスの登場に固まった私に助け舟を出したのも、また彼だった。
「君も新入生かな? 初めまして。オレは赤司征十郎だ。よろしく」
赤司征十郎はそう自己紹介した上で、私に向けて優しく微笑んだのだった。
死ぬかと思った、色々な意味で。
けれど、折角話しかけられたのにずっと黙り込んでいるわけにはいかない。
半ばやけくそで言い返した。
この時、私がどんな表情をしていたかは分からない。
「ああ。新入生の藍良莉乃だ。こちらこそよろしく」
事実上、これが彼との初会話である。
校門をくぐった時にさて中学生活が始まるぞ、と覚悟を決めようとしていた私の思惑を、赤司征十郎がばっさり切り捨てた瞬間でもある。
漫画で描写された場面を除けば、冗談ではなく彼を一番恐ろしく感じたシーンだ。
「しかし、恥ずかしいところを見られてしまったね。中学生にもなって車で送迎なんて」
「とんでもない。少し驚いたがな」
別の意味で、と心で付け加えたことなど知らず、赤司君はそうか、と少し笑った。
校門まで一緒に歩こうと提案されたのは自然な流れだったが、続く彼の質問は少し違和感があった。
「藍良さんは、入る部活はもう決めているのか?」
校門までの僅か数十メートルの間、時間にすれば一分にも満たない間で、彼の方からこんな話題を持ちかけられたのには驚いた。
というより、話の流れとしては唐突すぎる。
この超越した人は、既に何かを感じ取ったのだろうか。
「ああ――バスケ部に入ろうと思っている」
「……へえ。経験者なのか?」
恐らく女子バスケ部に入ると思ったのだろう、赤司君は僅かに目を細めた。
「一時期やったことはあるが、選手として入部するつもりはない。男子バスケ部の、マネージャーになろうと思っている」
言った瞬間、彼はぴたりと足を止めた。
数歩先を行ったところで私も止まり、振り返った。
赤司君は私を観察するように睨みつけている。
私も、その眼を真っ直ぐ見つめ返した。
再び沈黙が流れたが、今度は呆けていたわけではない。
赤司君の反応をただ待った。
今度もそう時間は経っていなかっただろう。
やがて彼は言葉を発した。
「何故だ?」
短く、しかしナイフのように鋭い言葉だった。
先ほどまでの柔らかな物腰とは打って変わり、私を試すような質問。
瞳の色に変化はないが、もしかしたら今の彼は、“もう一人の”赤司征十郎なのかもしれない。
威圧感が増し息苦しささえ感じるが、先ほどのように狼狽えることはしなかった。
むしろ彼に本気をぶつけられたことで、逆に乗り越えられたような気がした。
だから、私は平然と、そして堂々と答えられた。
「私はこの学校で、なるべく多くの人を救いたいと思っている」
それが私の存在意義であり、行動原理であり――生きる意味だ。
嘘偽りのない、本心だ。
それでも、一見すればただの戯言であり、大言壮語も甚だしい、馬鹿馬鹿しいと笑われることも覚悟していた。
しかし、彼は笑うことはなかった。
ただ私の言葉を反芻するように、なるほど、と呟いただけだった。
そして、まるで面白い玩具でも見つけたように口元を緩めたのだ。
「君とは、長い付き合いになりそうだ」
改めてよろしく、と右手を差し出されたので、私は喜んでその手を取った。
彼のこの予言めいた台詞は、恐らくバスケ部の部員としての付き合いという意味であり、私もそのつもりだった。
しかし、その予想に反し、私と赤司征十郎との間には三年間クラスメイトとしての“付き合い”が生じることになったのである。
予定通り天気にも恵まれ、私は晴れ渡るような気持ちで学校までの道のりを歩いていた。
真っ白なブレザー、ブルーのカッターシャツ、黒いリボン、身に纏うものすべてがかつて憧れていたものだ。
これで気持ちが昂らない方がどうかしている。
いよいよ校門が視認できる距離まで近づき、スキップしたい衝動を抑えながら学校の塀沿いを歩いていると、背後から黒塗りの高級車が追い抜いた。
周囲の街並みから浮いた異質な車を目で追うと、校門の数十メートル手前の路上で停車した。
学校の関係者だろうか、と考えて、ふと頭をよぎった可能性に足を止めた。
すると、私の目の前で、車からスーツ姿の男性が降り、流れるような所作で後部座席のドアを開けた。
そして、中から私と同じ制服を着た少年が、姿を現したのだった。
彼が地面に降り立った瞬間、ぞくり、と全身に鳥肌が立つのを感じた。
息を潜めて観察していると、スーツの男性は少年に恭しく声を掛けた。
「本当にここでよろしいのですか?」
「ああ。あと明日からは送迎もいらない」
彼らのやり取りを聞いて、無意識に鞄の持ち手を握りしめた。
「そういうわけには……お父上にも校門まで送り届けるようにと……」
「父は関係ない。それに、毎朝そんなことをされては変に目立って笑われてしまうよ。学校ぐらいオレの自由にさせてくれ」
そう言って少年が身を翻した時、顔を完全に確認できた。
すると、向こうも私の気配に気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り向いた。
その拍子に赤い髪がさらりと流れる。
そして、私と視線が交わると――赤司征十郎は驚いたように僅かに目を見開いた。
対する私は、彼と目が合ったショックで身じろぎ一つできずにいた。
言葉の一つも発せられなかった。
それほど衝撃的な出会いだったのだ。
あの赤司征十郎と対面したこともそうだが、数秒前に彼と男性との間で交わされた会話は、間違いなく漫画にあった内容だった。
つまり、この時、私は初めて漫画の世界に入り込んだという実感を抱いたのだ。
運命のような体験に酔いしれる私には永遠のように感じたが、実際はほんの数瞬の出来事だったと思う。
先に正気に戻ったのは彼の方で、私から視線を逸らさないまま右手を上げた。
それはどうやらスーツの男性への合図だったらしく、男性は一礼してから車で走り去っていった。
エンジン音が遠ざかり、その場には赤司征十郎と私だけが残された。
比較的大きな通りに面している歩道なのに、何故か車も私達以外の通行人も通らない。
異様に静かな空気が周囲を漂っている。
何か声を掛けた方が良いのだろうが、言葉が喉に張り付いて吐き出すことができなかった。
赤司征十郎との邂逅。
そもそも、漫画の登場人物というオプションがなくてもオーラのある人物なのだ。
たとえ普通に出会ったとしても、相手に与える影響は少なくないだろう。
つまり、中学生活で最初に出会う人間としては間違いなくハードルが高すぎるのだ。
しかし、突然のラスボスの登場に固まった私に助け舟を出したのも、また彼だった。
「君も新入生かな? 初めまして。オレは赤司征十郎だ。よろしく」
赤司征十郎はそう自己紹介した上で、私に向けて優しく微笑んだのだった。
死ぬかと思った、色々な意味で。
けれど、折角話しかけられたのにずっと黙り込んでいるわけにはいかない。
半ばやけくそで言い返した。
この時、私がどんな表情をしていたかは分からない。
「ああ。新入生の藍良莉乃だ。こちらこそよろしく」
事実上、これが彼との初会話である。
校門をくぐった時にさて中学生活が始まるぞ、と覚悟を決めようとしていた私の思惑を、赤司征十郎がばっさり切り捨てた瞬間でもある。
漫画で描写された場面を除けば、冗談ではなく彼を一番恐ろしく感じたシーンだ。
「しかし、恥ずかしいところを見られてしまったね。中学生にもなって車で送迎なんて」
「とんでもない。少し驚いたがな」
別の意味で、と心で付け加えたことなど知らず、赤司君はそうか、と少し笑った。
校門まで一緒に歩こうと提案されたのは自然な流れだったが、続く彼の質問は少し違和感があった。
「藍良さんは、入る部活はもう決めているのか?」
校門までの僅か数十メートルの間、時間にすれば一分にも満たない間で、彼の方からこんな話題を持ちかけられたのには驚いた。
というより、話の流れとしては唐突すぎる。
この超越した人は、既に何かを感じ取ったのだろうか。
「ああ――バスケ部に入ろうと思っている」
「……へえ。経験者なのか?」
恐らく女子バスケ部に入ると思ったのだろう、赤司君は僅かに目を細めた。
「一時期やったことはあるが、選手として入部するつもりはない。男子バスケ部の、マネージャーになろうと思っている」
言った瞬間、彼はぴたりと足を止めた。
数歩先を行ったところで私も止まり、振り返った。
赤司君は私を観察するように睨みつけている。
私も、その眼を真っ直ぐ見つめ返した。
再び沈黙が流れたが、今度は呆けていたわけではない。
赤司君の反応をただ待った。
今度もそう時間は経っていなかっただろう。
やがて彼は言葉を発した。
「何故だ?」
短く、しかしナイフのように鋭い言葉だった。
先ほどまでの柔らかな物腰とは打って変わり、私を試すような質問。
瞳の色に変化はないが、もしかしたら今の彼は、“もう一人の”赤司征十郎なのかもしれない。
威圧感が増し息苦しささえ感じるが、先ほどのように狼狽えることはしなかった。
むしろ彼に本気をぶつけられたことで、逆に乗り越えられたような気がした。
だから、私は平然と、そして堂々と答えられた。
「私はこの学校で、なるべく多くの人を救いたいと思っている」
それが私の存在意義であり、行動原理であり――生きる意味だ。
嘘偽りのない、本心だ。
それでも、一見すればただの戯言であり、大言壮語も甚だしい、馬鹿馬鹿しいと笑われることも覚悟していた。
しかし、彼は笑うことはなかった。
ただ私の言葉を反芻するように、なるほど、と呟いただけだった。
そして、まるで面白い玩具でも見つけたように口元を緩めたのだ。
「君とは、長い付き合いになりそうだ」
改めてよろしく、と右手を差し出されたので、私は喜んでその手を取った。
彼のこの予言めいた台詞は、恐らくバスケ部の部員としての付き合いという意味であり、私もそのつもりだった。
しかし、その予想に反し、私と赤司征十郎との間には三年間クラスメイトとしての“付き合い”が生じることになったのである。