中学一年生
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今日は、黒子君が正式に一軍に合流する歴史的な日だ。
黄瀬君の指摘を受けてなるべく平常心を装っているものの、気を抜けばふとした拍子に体育館の扉の方へ意識を向けてしまいそうになる。
というのも、さつきちゃんが黒子君を迎えに三軍の体育館に行っており、そろそろここへ到着する頃合いなのだ。
余談だが、当初は一軍の体育館に案内する役目に私が選ばれそうだったのだが、さり気なく仕事を調整してさつきちゃんと交代してもらった。
今じゃなくても黒子君とさつきちゃんが関わりを持つ機会はいくらでもあるだろうが、やっぱり出会いの場面は原作に忠実であったほうがいい。
そんな思惑で立ち回った結果、私の立ち位置は、体育館に這入ってくる主人公を一軍メンバーと共に待ち受ける場所になった。
これはこれで役得である。
――ようやく、ここまで来た。
これからは、黒子テツヤが本格的に一軍の物語に参入する――私の知っている原作が多くなる期間に突入する。
原作描写の少ない地雷原を、ひとまず越えることができたのだ。
「ねー藍ちん」
「――っ、何だ? 紫原君」
背後から呼ばれて、頓狂な声が漏れそうになるのを必死で堪えた。
突然声を掛けられたから驚いたのではない、声のした位置が私の予想よりはるかに近かったのだ。
目線を移動させると、肩越しの僅か十五センチ先に紫原君の顔があった。
彼が私の背後に立ったのは気配で気づいていたが、まさかわざわざ屈んで顔を近づけられているとは思わなかった。
身長差の所為で普段は見下ろされることしかなかった紫の瞳が、かつてないほどの近距離で私の姿を捉えている。
身体が硬直する。
目が離せない。
「……内緒話か? 私の身長に合わせて屈むと体勢辛くないか?」
「別に普通の話。こうしたら藍ちんびっくりするかなって。びっくりした?」
「びっくりしたよ」
おどけて答えてみせると、気を良くしたように微笑する紫原君。
そして、彼は飄々とした態度のまま、『普通の話』をした。
「これから来るのが、藍ちんがずっと自主練見てた奴なんだよね」
紫原君の視線が体育館の扉に向けられ、まるで向こう側を見通そうとするようにじっと凝視する。
そういえば、以前廊下で黒子君の話をした時、彼はあからさまに不機嫌になったことがあった。
しかし、今は当時のような苛立ちや嫌悪感は見られない。
代わりに、嵐の前の静けさのような、じっとりとしたプレッシャーを感じる。
私の緊張を知ってか知らずか、彼はこちらを見ないままで続けた。
「前に、藍ちんは人を救うのは普通のことだって言ってたよね。誰にでも優しくするし、頼まれたら誰だって自主練に付き合うし、誰でも平等に助けるんだよね?」
突然の話題転換に、思考が置いていかれそうになる。
紫原君の話は、いつも唐突で、抽象的で、掴み所がない。
これは、『普通の話』の続きなのか?
「藍ちんに、特別な人間なんていないんだよね?」
「いないよ」
再度真っすぐ見つめられて、ほとんど反射的に即答した。
私に特別な人間なんていない――多くの人を救う英雄になるためには、そんなものは存在してはならない。
誰に訊かれても同じように答えるし、返答に嘘偽りはない。
けれど、この時は何故か、紫原君にそう“答えさせられた”ような気がした。
「ふーん。じゃーいいや」
紫原君が背筋を伸ばしたことで、彼の顔が離れて視界から外れた。
そして、用が済んだとばかりに、ゆっくりと歩き去っていく気配がした。
私は動けない。
頭の中が、不吉な予感で塗りつぶされる。
――莉乃っちって、彼氏はいないんスよね?
――ちょっと訊いてみただけで、深い意味はないっスよ。
何故、黄瀬君と同じようなことを訊いたのだろうか。
彼らは私の公約を確認することで、何かを確かめようとした。
そしてきっと、“何か“を隠している。
「――紫原君っ」
どうして呼び止めたのかは分からない。
何を言おうか決める前に、彼の名前が口から零れた感覚だった。
しかし結局、紫原君と話を続けることは叶わなかった――私の声は、重い扉の開く音でかき消されたからだ。
「失礼します。黒子テツヤ君、連れてきました」
さつきちゃんの声掛けにより、体育館にいた全員の視線が集中する。
彼女の後に続く、黒子テツヤの姿に注目する。
私の意思とは関係なく、原作は進んでいく。
足を止めて熟慮する時間は、許されない。
黄瀬君の指摘を受けてなるべく平常心を装っているものの、気を抜けばふとした拍子に体育館の扉の方へ意識を向けてしまいそうになる。
というのも、さつきちゃんが黒子君を迎えに三軍の体育館に行っており、そろそろここへ到着する頃合いなのだ。
余談だが、当初は一軍の体育館に案内する役目に私が選ばれそうだったのだが、さり気なく仕事を調整してさつきちゃんと交代してもらった。
今じゃなくても黒子君とさつきちゃんが関わりを持つ機会はいくらでもあるだろうが、やっぱり出会いの場面は原作に忠実であったほうがいい。
そんな思惑で立ち回った結果、私の立ち位置は、体育館に這入ってくる主人公を一軍メンバーと共に待ち受ける場所になった。
これはこれで役得である。
――ようやく、ここまで来た。
これからは、黒子テツヤが本格的に一軍の物語に参入する――私の知っている原作が多くなる期間に突入する。
原作描写の少ない地雷原を、ひとまず越えることができたのだ。
「ねー藍ちん」
「――っ、何だ? 紫原君」
背後から呼ばれて、頓狂な声が漏れそうになるのを必死で堪えた。
突然声を掛けられたから驚いたのではない、声のした位置が私の予想よりはるかに近かったのだ。
目線を移動させると、肩越しの僅か十五センチ先に紫原君の顔があった。
彼が私の背後に立ったのは気配で気づいていたが、まさかわざわざ屈んで顔を近づけられているとは思わなかった。
身長差の所為で普段は見下ろされることしかなかった紫の瞳が、かつてないほどの近距離で私の姿を捉えている。
身体が硬直する。
目が離せない。
「……内緒話か? 私の身長に合わせて屈むと体勢辛くないか?」
「別に普通の話。こうしたら藍ちんびっくりするかなって。びっくりした?」
「びっくりしたよ」
おどけて答えてみせると、気を良くしたように微笑する紫原君。
そして、彼は飄々とした態度のまま、『普通の話』をした。
「これから来るのが、藍ちんがずっと自主練見てた奴なんだよね」
紫原君の視線が体育館の扉に向けられ、まるで向こう側を見通そうとするようにじっと凝視する。
そういえば、以前廊下で黒子君の話をした時、彼はあからさまに不機嫌になったことがあった。
しかし、今は当時のような苛立ちや嫌悪感は見られない。
代わりに、嵐の前の静けさのような、じっとりとしたプレッシャーを感じる。
私の緊張を知ってか知らずか、彼はこちらを見ないままで続けた。
「前に、藍ちんは人を救うのは普通のことだって言ってたよね。誰にでも優しくするし、頼まれたら誰だって自主練に付き合うし、誰でも平等に助けるんだよね?」
突然の話題転換に、思考が置いていかれそうになる。
紫原君の話は、いつも唐突で、抽象的で、掴み所がない。
これは、『普通の話』の続きなのか?
「藍ちんに、特別な人間なんていないんだよね?」
「いないよ」
再度真っすぐ見つめられて、ほとんど反射的に即答した。
私に特別な人間なんていない――多くの人を救う英雄になるためには、そんなものは存在してはならない。
誰に訊かれても同じように答えるし、返答に嘘偽りはない。
けれど、この時は何故か、紫原君にそう“答えさせられた”ような気がした。
「ふーん。じゃーいいや」
紫原君が背筋を伸ばしたことで、彼の顔が離れて視界から外れた。
そして、用が済んだとばかりに、ゆっくりと歩き去っていく気配がした。
私は動けない。
頭の中が、不吉な予感で塗りつぶされる。
――莉乃っちって、彼氏はいないんスよね?
――ちょっと訊いてみただけで、深い意味はないっスよ。
何故、黄瀬君と同じようなことを訊いたのだろうか。
彼らは私の公約を確認することで、何かを確かめようとした。
そしてきっと、“何か“を隠している。
「――紫原君っ」
どうして呼び止めたのかは分からない。
何を言おうか決める前に、彼の名前が口から零れた感覚だった。
しかし結局、紫原君と話を続けることは叶わなかった――私の声は、重い扉の開く音でかき消されたからだ。
「失礼します。黒子テツヤ君、連れてきました」
さつきちゃんの声掛けにより、体育館にいた全員の視線が集中する。
彼女の後に続く、黒子テツヤの姿に注目する。
私の意思とは関係なく、原作は進んでいく。
足を止めて熟慮する時間は、許されない。