中学一年生
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転生した肉体は前世の頃と比較して驚くほど進化したが、精神面に関しては残念ながらほとんど変化がなかったようだ。
運動能力は超人レベルなのに、精神力は転生前と同じ凡人のままなのだ。
優れた知性、想定外の事態にも対応できる頭の回転、逆境に強い度胸、人を魅了するような輝かしい才覚 ――そのいずれかでも持ち合わせていれば、こんなに苦労しなくても学校生活をやり過ごせただろうと思う。
そんな恨み言を吐きたくなるほど、藍良莉乃の内面は、どうしようもなく“私”だった。
だから、帝光中学に入学したのを機に、黒子君達の傍にいても差し支えないよう、彼らに信頼されそうなキャラクターを演じることにしたのだ。
自己否定に近い感情に基づいた作戦ではあったものの、これは予想以上に功を奏した――『多くの人を救う』という私の目標が夢物語だと一笑に付されない程度には、大勢の人達から信用を獲得することに成功した。
だが、どんなに演じても、取り繕っても、ふとした瞬間に凡人の性根が滲み出るものである。
「莉乃っち、なんか今日はテンション高いっスね! 何かいいことあったんスか?」
校内で黄瀬君とばったり鉢合わせた際に、世間話の合間にそう指摘された。
黒子君の一軍入りが内定した日のことだったが、テストに合格したことはまだ黒子君本人には伝わっていなかった――この日の部活で三軍コーチから伝達される手筈になっており、それまでは結果について他言無用だと指示を受けていた。
しかしながら、私の演技力のお粗末さでは、その指令を遵守するのは難しいかもしれない。
「……よく気づいたな、黄瀬君。私ってそんなに分かりやすいか?」
「他の人が気づくかどうかは分かんねーっスけど、オレは莉乃っちのプロなんで!」
「どんな些細な変化も見逃さないっスよ!」と彼は胸を張った。
それが本当ならとても困る。
「まあ、友人の努力が遂に実ったので、少し浮かれていたかもな」
「へえ、良かったっスね! さすが莉乃っち!」
「……ん?」
不自然に私が賞賛されたので、首を傾げた。
すると、黄瀬君は当然のことのようにこう言った。
「だって、莉乃っちが色々助けたから、その友達の努力が実ったんスよね?」
「いいや、違うよ。すべてその人の努力の賜物だ。私はたまたま彼の傍に居合わせただけに過ぎないよ」
「……そうっスね。莉乃っちはそういう娘 だったっスね」
黄瀬君は納得したように頷いたが、どうにも会話が噛み合っているとは言い難い。
しかも私の人間性を評価するような台詞だったので、どきりと胸が嫌な音を立てた。
何故なら、発言者が黄瀬涼太であるという点が、私にとって大きな意味を持つからだ。
「何だ、気になる言い方だな。黄瀬君にとって、私はどういう奴なんだ?」
「莉乃っちはオレのヒーローっスよ。めちゃくちゃ凄いのに、自己評価が低くて優しい娘 っス」
「君は相変わらず私への評価が馬鹿みたいに高いな」
冗談交じりの口調で会話を続けるが、内心では彼の評価を信じられなかった。
だって、黄瀬君と初めて出会ったのは小学二年生だ――あの頃、私は今のキャラを演じていなかったのだ。
演じるどころか、周囲を見る余裕がなく、自分を省みる余裕がなく、救いのない自問自答に苦しみ、失ったものだけに執着していて、“私”としても底辺の時代だった。
とてもじゃないが、ヒーローと形容できる人間性ではなかった。
だから本当に心当たりがないのだ――こんな風に信頼されて尊敬される理由が、本当に分からないのだ。
「……っつーか、『彼』ってことは、その友達って男っスか?」
「ああ」
「ふーん……」
何故か話題が方向転換した上に、やや含みのある反応をされた。
どうやら『友人』の存在が気になっているようだが、敢えてその詳細な説明は省いた。
他言無用の件がなくても、部活のことはなるべく黄瀬君の前で話したくないのだ。
勿論、私が部活の話をしたところで、彼がバスケに興味を持つことはないだろうと思っている。
黄瀬涼太は、中学二年の時に青峰君のプレーを見てバスケに興味を持ち、バスケ部に入部する――それが絶対的な“原作”だ。
ただし、私の言動によって原作以上の絶望を与えてしまう可能性は充分にあるのだから、リスクは最小限にした方がいいはずだ。
「――あのさ、莉乃っち」
「うん?」
真剣な表情で私の顔を見つめながら、黄瀬君は口火を切った。
てっきり『友人』に関する質問かと思ったが、実際に投げかけられたのは全く別方面の内容だった。
「莉乃っちって、彼氏はいないんスよね?」
「ああ、勿論。以前に話した通りだ」
――私の青春はこの学校に捧げている。
――恋人なんて必要ない。
あの宣言は今も有効であることを伝えると、彼は安心したように息を吐いた。
そして、にっこりと笑みを作った。
「ちょっと訊いてみただけで、深い意味はないっスよ」
まだ口にしていない疑問に先回りして答える黄瀬君は、どうやら本当に私の機微を察する能力があるようだ。
一方で私は、黄瀬君のことを何も知らないのかもしれない。
彼に尊敬されている理由は分からないし、漫画のようにモノローグがないから今の彼の心情も正確に把握できない。
ただ、今の黄瀬涼太の表情は、これ以上深入りしてほしくない時の顔だということは、知っている。
運動能力は超人レベルなのに、精神力は転生前と同じ凡人のままなのだ。
優れた知性、想定外の事態にも対応できる頭の回転、逆境に強い度胸、人を魅了するような輝かしい
そんな恨み言を吐きたくなるほど、藍良莉乃の内面は、どうしようもなく“私”だった。
だから、帝光中学に入学したのを機に、黒子君達の傍にいても差し支えないよう、彼らに信頼されそうなキャラクターを演じることにしたのだ。
自己否定に近い感情に基づいた作戦ではあったものの、これは予想以上に功を奏した――『多くの人を救う』という私の目標が夢物語だと一笑に付されない程度には、大勢の人達から信用を獲得することに成功した。
だが、どんなに演じても、取り繕っても、ふとした瞬間に凡人の性根が滲み出るものである。
「莉乃っち、なんか今日はテンション高いっスね! 何かいいことあったんスか?」
校内で黄瀬君とばったり鉢合わせた際に、世間話の合間にそう指摘された。
黒子君の一軍入りが内定した日のことだったが、テストに合格したことはまだ黒子君本人には伝わっていなかった――この日の部活で三軍コーチから伝達される手筈になっており、それまでは結果について他言無用だと指示を受けていた。
しかしながら、私の演技力のお粗末さでは、その指令を遵守するのは難しいかもしれない。
「……よく気づいたな、黄瀬君。私ってそんなに分かりやすいか?」
「他の人が気づくかどうかは分かんねーっスけど、オレは莉乃っちのプロなんで!」
「どんな些細な変化も見逃さないっスよ!」と彼は胸を張った。
それが本当ならとても困る。
「まあ、友人の努力が遂に実ったので、少し浮かれていたかもな」
「へえ、良かったっスね! さすが莉乃っち!」
「……ん?」
不自然に私が賞賛されたので、首を傾げた。
すると、黄瀬君は当然のことのようにこう言った。
「だって、莉乃っちが色々助けたから、その友達の努力が実ったんスよね?」
「いいや、違うよ。すべてその人の努力の賜物だ。私はたまたま彼の傍に居合わせただけに過ぎないよ」
「……そうっスね。莉乃っちはそういう
黄瀬君は納得したように頷いたが、どうにも会話が噛み合っているとは言い難い。
しかも私の人間性を評価するような台詞だったので、どきりと胸が嫌な音を立てた。
何故なら、発言者が黄瀬涼太であるという点が、私にとって大きな意味を持つからだ。
「何だ、気になる言い方だな。黄瀬君にとって、私はどういう奴なんだ?」
「莉乃っちはオレのヒーローっスよ。めちゃくちゃ凄いのに、自己評価が低くて優しい
「君は相変わらず私への評価が馬鹿みたいに高いな」
冗談交じりの口調で会話を続けるが、内心では彼の評価を信じられなかった。
だって、黄瀬君と初めて出会ったのは小学二年生だ――あの頃、私は今のキャラを演じていなかったのだ。
演じるどころか、周囲を見る余裕がなく、自分を省みる余裕がなく、救いのない自問自答に苦しみ、失ったものだけに執着していて、“私”としても底辺の時代だった。
とてもじゃないが、ヒーローと形容できる人間性ではなかった。
だから本当に心当たりがないのだ――こんな風に信頼されて尊敬される理由が、本当に分からないのだ。
「……っつーか、『彼』ってことは、その友達って男っスか?」
「ああ」
「ふーん……」
何故か話題が方向転換した上に、やや含みのある反応をされた。
どうやら『友人』の存在が気になっているようだが、敢えてその詳細な説明は省いた。
他言無用の件がなくても、部活のことはなるべく黄瀬君の前で話したくないのだ。
勿論、私が部活の話をしたところで、彼がバスケに興味を持つことはないだろうと思っている。
黄瀬涼太は、中学二年の時に青峰君のプレーを見てバスケに興味を持ち、バスケ部に入部する――それが絶対的な“原作”だ。
ただし、私の言動によって原作以上の絶望を与えてしまう可能性は充分にあるのだから、リスクは最小限にした方がいいはずだ。
「――あのさ、莉乃っち」
「うん?」
真剣な表情で私の顔を見つめながら、黄瀬君は口火を切った。
てっきり『友人』に関する質問かと思ったが、実際に投げかけられたのは全く別方面の内容だった。
「莉乃っちって、彼氏はいないんスよね?」
「ああ、勿論。以前に話した通りだ」
――私の青春はこの学校に捧げている。
――恋人なんて必要ない。
あの宣言は今も有効であることを伝えると、彼は安心したように息を吐いた。
そして、にっこりと笑みを作った。
「ちょっと訊いてみただけで、深い意味はないっスよ」
まだ口にしていない疑問に先回りして答える黄瀬君は、どうやら本当に私の機微を察する能力があるようだ。
一方で私は、黄瀬君のことを何も知らないのかもしれない。
彼に尊敬されている理由は分からないし、漫画のようにモノローグがないから今の彼の心情も正確に把握できない。
ただ、今の黄瀬涼太の表情は、これ以上深入りしてほしくない時の顔だということは、知っている。