【番外編】舞台裏

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あだ名(紫原用)

 黒子テツヤにとって、藍良莉乃は何なのか。
 黒子の中でその答えが出たのは、赤司に選手としての可能性を見出されたものの、まだ自分のスタイルを見つけられずにいた頃だった。
 部活のことで莉乃に相談するために、黒子はとある昼休みに食事をする約束を取り付けた。
 黒子は食堂の定食メニュー、莉乃は手製の弁当を持参し、賑やかな食堂の席を占めた。
 莉乃と昼休みを過ごすのはこれが初めてのことで、彼女が弁当派であることをこの時に知った。

「実は一人暮らししているんだ。最低限の生活費は貰っているんだが、あまり出費するのも憚られるから、節約の一環だな」

 莉乃の弁当を注視する黒子に、彼女は内緒話をするように声を潜めてそう言った。
 中学生で一人暮らし。
 十代前半で親元を離れ、しかもあれだけ人のために活動する傍ら家事もこなしているとは、想像を絶する過酷さだ。
 黒子は絶句しそうになったが、照れ臭そうにはにかむ莉乃が珍しく年相応に見えたのでつられて気が緩んだ。
 そして、彼女なら複雑な家庭事情がなくても常人とは異なる生活を送ることもあるだろう、と納得してしまった。
 黒子の正面に莉乃が着席したところで、黒子は口を開いた。

「すみません、今日はボクのために時間を作ってくれてありがとうございます。今更ですが、他に約束している人はいませんでしたか?」

 本題に入る前に、そう前置きした。
 莉乃に相談したいことがあると昨日話した時は二つ返事で快諾してくれたものの、彼女ほどの人気者であれば昼休みを一緒に過ごす人は大勢いただろう。
 そう憂慮する黒子を安堵させるように、莉乃は柔らかい笑みを浮かべた。

「全然かまわないよ。黒子君と食事をする口実を貰えて嬉しいくらいだ。それに、大事な話の相談相手に私を選んでくれて、とても光栄だよ」

 こういう台詞を嫌みなく、裏表のない笑顔で言えるところが魅力的だと黒子は思う。
 絢爛豪華な才能スペックと崇高な理念は人から敬遠される要素にもなりかねないが、彼女のこういった性格があるから全校生徒から慕われているのだろう。
 それは黒子も例外ではなく、“一軍専属マネージャー”と一介の三軍選手という立場の隔たりがあっても、不思議と彼女を遠い存在だと感じたことはない。

「昼休みに黒子君と一緒になるのは初めてだな。クラスが違うと、部活以外で会う機会が少ないのが口惜しいよ」
「そうですね。……クラスと言えば、確か藍良さんは、赤司君と同じクラスなんですよね」
「ああ。実は席も隣同士でね、部活の相談がしやすくて重宝しているよ」
「……そうなんですか。羨ましいです」

 黒子の言葉に、莉乃はにこやかに微笑んだ。
 彼は赤司に対して羨ましいと言ったつもりだったのだが、彼女はきっと逆の意味で解釈しているのだろう。
 自主練に付き合ってもらうようになってから知ったことだが、莉乃は過剰なまでに自己評価が低いところがある。
 莉乃の助言のおかげで能力が向上しても、『君の努力が成し遂げたのであって、私は大したことはしていない』と心の底から言うような人物なのである。
 きっと、彼女の言動が黒子の大きな支えとなっていることを、ほとんど自覚していないのだろう。
 その謙虚さは美点かもしれないが、黒子は時折寂しいと感じてしまう。

「一軍は人数が少ないから、必然的に選手同士の交流が密になる。黒子君が一軍入りした暁には、クラス替えを待たなくても赤司君と関わる時間は増えるよ」

 やはり、莉乃は先の黒子の発言を『赤司君と会う機会が多くて羨ましい』と捉えたようだ。
 しかし、それよりも、莉乃があまりにも自然に一軍入りを口にしたことに、黒子は心を奪われた。
 黒子が昇格テストに落ちることを微塵も想定していないことがその口振りから窺えた――今まで何度も不合格になっていることを、彼女は当然知っているはずなのに。
 努力が実らず涙を流していた現場を、彼女は目撃しているはずなのに。

――黒子君っ! もしよければ、一軍に来ないか?

 秋季昇格テストに落ちて三軍コーチから退部を勧められた日のことを思い出すと、莉乃が空から屋外のバスケコートに降ってきた場面が頭に浮かび、当時の驚愕が鮮明に蘇って無意識に口元が緩む。
 あの日の出来事を笑顔で思い出せることが黒子の心をいかに軽くしているか、莉乃はきっと知らない。

「はい。頑張ります」
 
――君ほどバスケに対して真摯な人が、この先全く報われずに終わるなどあり得ない。時間はかかるかもしれないが、君の努力は必ず報われるよ。

 初めて会話をした時も今も、変わらず黒子の努力が成就することを信じている莉乃のために、莉乃の信じる結果を出したいと改めて誓った。
 黒子の決意を受けて、彼女は力強い笑みとともに大きく頷いた。

「勿論、前に宣言した通り、黒子君の望みを叶えるべく今後も尽力するよ。それで、今日はそれに関する相談で良かったか?」
「はい。僕の新しいスタイルについて、藍良さんの意見を聞かせて下さい」

 そして、新しいスタイルのヒントを得るために、現在の一軍選手の実態を聞くことになったのだが、またしても黒子は驚かされることになった。

「青峰君のことはよく知っているだろうが、あの高いオフェンス能力は、彼の生まれ持った素養や幼少期のストバス経験だけでなく、バスケを心から愛し、バスケを楽しんでいるところが何よりの強みであると――」
「緑間君の武器は3Pシュートだ。完璧主義で常に鍛錬を怠らない姿勢を体現するように、非常に高い精度と美しい軌道を有している。少し変わったこだわりがあるが、常人が意識しないところにも気を遣える点は長所だと思っていて――」
「紫原君の中学生離れした恵まれた肉体と反射神経は、バスケをする上で非常に強い。普段は面倒臭がりであまりやる気を見せないが、実は好戦的な性格で、本気を出した時の彼はまさに圧巻だった――」
「灰崎君は基礎能力が高いし、案外観察眼も優れている。少々素行が悪いのが難点で、最近は大人しく練習にも試合にも参加してくれるのだが、彼自身の意思で積極的に参加してくれると――」
「最後に赤司君。個人としての総合力の高さは言うまでもないが、常に周囲を把握しているし、人のことをよく観察している。勝利のために全力を尽くす姿勢含めて、理想のPGだよ。……本当は、もう少し周りを頼ってくれると嬉しいんだけどな――」

 同年代の一軍選手一人一人について莉乃が語るのを、黒子は禄に相槌も打てずに聞き入った。
 見惚れた、と表現するのが適切かもしれない。
 まるで彼らが目の前で活躍しているかのように熱弁する様に、黒子は目が離せなかった。
――羨ましい、と黒子は咄嗟に感じた。
 今度は口には出さなかったものの、先ほどよりも強く思った。
 なんて楽しそうに、誇らしそうに話すのだろう。
 この人にマネジメントしてもらう選手は、なんて幸せなのだろう。
 自分もその一員になりたい。
 あんな風に誇らしく語ってもらえるような選手になりたい。
 藍良莉乃に自慢されるような選手になりたい。
 信じるに足る選手だと、思ってもらいたい。
 莉乃の話を聞き終えると、黒子はそんな熱い感情をおくびにも出さず所感を述べた。
 淡々とスタイルについて考察する黒子の中に熱量が潜んでいることを、莉乃はきっと知らないだろう。

「――ありがとうございました。とても参考になりました」

 その場で新しいスタイルを思いつくことはできなかったものの、叶えたい目標ゴールが明確になった。

黒色ゴール

(了)
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