中学一年生

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あだ名(紫原用)

 赤司君と黒子君の出会いから約三ヶ月後。
 雪が降るほど凍えた冬の日に、黒子君の最後の昇格テストは行われた。
 原作通り、試合形式で見てほしいという黒子君の希望によって、二軍対三軍のミニゲームを利用したテストだ。
 ただし混乱を避けるために、昇格テストであることは一般の部員達には伏せられている。
 そんな特殊な状況なので、今度こそ私は蚊帳の外だろうと思われたが、なんと今回もテストの場に居合わせることを許可されたのだった。
 その立役者が誰であるかは、もはや説明するまでもないだろう。
 コーチ達とともに体育館の壁際に立ち、まもなく試合が始まるコートを観察している赤司君に声を掛けた。

「ありがとう、赤司君。私も見学できるよう取り計らってくれて」
「ある意味お前も当事者だ。後で結果を知らされるよりも直接確認した方がいいだろうと思ってね」
「ああ。おかげで黒子君の努力が実る瞬間をこの目で見られるよ」

 この三ヶ月間彼の自主練を間近でサポートしてきた身として、彼の晴れ舞台に立ち会えるのは望外の喜びだ。
 その感謝を存分に伝えたつもりだったが、赤司君はやや驚いたように目を見張った。

「………」
「どうかしたか?」
「……いや、何でもない」

 赤司君にしては煮え切らない反応だ。
 ただし、微笑しながらの返答だったので、悪い意味ではないのだろうか。
 その時ちょうど試合開始のホイッスルが鳴ったので、追及を諦めて意識をテストの方に集中させた。
 というよりも、目の前の光景によって、強制的に雑念は頭の片隅へと追いやられたのだった。
 漫画で見るよりも、頭で想像していたよりも、黒子君の活躍は鮮烈で美しかった。
 視線誘導ミスディレクションを駆使して相手のマークを外し、ボールをタップすることでパスの軌道を変えて味方をアシストする。
 きっとあのコートの中にいる人間にとっては、味方でも敵でも、黒子君が幻のように消失しながら試合を支配コントロールしているように感じているのだろう。
 あれが、主人公。
 前世では会話することさえ叶わなかったほどの格の差を痛感する。
 黒子君について、隣で赤司君と虹村先輩が原作通りの会話をしているのに耳を傾けていると、不意に虹村先輩の矛先が私に向けられた。

「視線誘導は藍良の発想なのか? あいつの練習見てたんだろ?」
「いえ、黒子君のオリジナルです。私は彼の着想を実現する手伝いをしただけですから」

 赤司君と虹村先輩、そしてその横で聞き耳を立てている真田コーチに向けてそう答えた。
 私がやったことと言えば、視線誘導を実戦で使えるレベルに昇華するまでトレーニングに付き合ったくらいだ。
 決まった場所から視線の集まるステージで行う手品と異なり、刻々と人が移動し状況が変化するバスケに視線誘導を応用するのは、想像以上に至難の業なのである。
 そのための膨大なトレーニングをこなしたのは、他でもない黒子君自身だ。
 漫画では数コマで描かれる努力の量も、数ページで収まる時間経過も、実際に生きている者にとっては重くて長い。
 それを、この数ヶ月体験したことで思い知った。
 私の存在は、本当に些細で矮小だ。
 しかし、私の話を聞いた赤司君は、こんな感想を口にしたのだった。

「どちらにせよ、黒子君にとって藍良のサポートがあったのは幸運でしたね」
「あ、それオレも思ったわ」

 赤司君の意見に、虹村先輩も同意を示した。

「いえ、ですから特別なことは何も――」
「ああそういうことじゃなくてさ」
「さっきもそうだったが、お前は黒子君が昇格することを最初から信じて疑っていないだろう」

 虹村先輩から言葉を引き継いだ赤司君は、コートから目線を外し、真っ直ぐに私を見た。
 その瞬間に、自分の失言を思い知って血の気が引いた。
 それは、緑間君にも指摘されたミスだ。

――そもそも、そいつが一軍に上がると信じて疑ってない奴に、公平な批評などできるわけがないのだよ。

 未来を知っているからこその発言――失言、だ。
 緑間君と同等以上の洞察力を有する赤司君が、この違和感に気づかないはずがない。
 しかし、赤司君が次に言ったのは、私の想像していたような内容ではなかった。

「自分の成功を、自分以上に信じている者が傍にいる。それは何よりも心強いサポートになったはずだ」

 彼の目の奥に優しさと信頼を垣間見て、それは誤解だ、と咄嗟に伝えられなかった。
 その上、藍良に任せて良かった、とまで言われて、今度こそ言葉を失った。
 赤司君は――彼らは、大きな勘違いをしている。
 私が存在しない原作でも、赤司君は黒子君を見出したし、黒子君は自分のスタイルを確立できた。
 彼らは原作を知らないから、あたかも私がキーパーソンとして立ち回っているように見えているだけだ。
 私が重要な場面に立ち会っていたのは、ただの自己満足であることを、彼らは知らない。
 だから、こんな言葉ひとつを担保に、自分のやり方が正しかったのだと錯覚するべきではない。
 これからも超えなければならない原作の壁はいくつもあるのだから、この程度で一喜一憂すべきじゃないのは分かっている。
 けれど、原作に影響を与えないよう必死に配慮していた言動の方ではなく、私の人間性を認めてくれたことが殊の外嬉しくて、否定の言葉を飲み込んだ。
 今だけは、賞賛を素直に受け入れたかったのだ。
 原作と同じ得点スコアで鳴った試合終了のブザーの音が、祝砲のように聞こえた。
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