中学一年生
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ゲーム勝負を終えた私達は、ゲームセンター内の自販機でジュースを購入し、ベンチで一休みすることにした。
隣に座る灰崎君は、缶ジュース片手に「苦手なんじゃねえのかよ……」とぼやいている。
気を緩めて物思いに耽ったせいで、灰崎君を騙し討ちしたようになってしまった。
とはいえ、今日の戦績に肩を落としてはいるものの、意外にもゲームへの意欲は薄れていない様子だ。
「身体能力や反射神経が物を言うゲームは不利だな。いっそ運ゲーの方が勝算あるか……?」
彼の独り言に耳を澄ませると、既に次回のゲームの内容を思案している。
ゲームに前向きでいてくれるのはとてもありがたいが、それがいつまで続くかは全く分からない。
早々に飽きるだろうと予測して色々対策を考えていたので、むしろ今日まで彼の興味を引けたことに驚いている。
『灰崎君が勝ったら何でも望みを叶える』という提案が、よほど魅力的だったのだろうか。
「そういえば、君が勝った場合の『叶えたい望み』はもう決まってるのか?」
「あぁ? 前に言っただろ」
『前に』と言われて咄嗟に頭をよぎったのは、灰崎君にゲームを提案した日のことだ。
――オレが勝ったら、何でも一つ言うことを聞け。
――なら、オレと付き合え。
まさかと思ったが、他に心当たりがない。
「え? もしかして、付き合えって言ったやつか? あれ本気だったのか?」
「お前も了承したじゃねーか」
「確かに君がいいならいいとは言ったけど……」
言ったけど、あんなの誰が本気にするものか。
巨万の富や永遠の命が欲しいと要求される方がまだ現実味がある。
「灰崎君がここまで真剣にゲームに取り組んでいるから、よほど叶えるのが難しい願いかと覚悟してたんだが……」
別の意味で、難しい願いではあるが。
「そういや前も似たようなこと言ってたな。オレと付き合うのは、お前の信条的にまずくねーのかよ?」
「まずいけど、そうならないように努力すればいいだけだよ。私が気にしているのは、君にメリットが少ないことだ。まさか、私に惚れてるわけじゃないだろう?」
「ねえな」
人によってはショック死しそうな容赦のない否定だが、私にとっては予想通りの返答だ。
むしろ肯定された方がショック死する。
「メリットっつーか、単に面白いと思ったんだよ」
「面白い? 私と付き合うことが?」
「ああ」
続けて疑問を投げようとしたが、彼の歪んだ笑みを見て飲み込んだ。
それは、読者だった頃に見たことのある、獲物を前にした時の嗜虐的な表情だった。
実際に目の前にすると、こんなにぞっと背筋が冷えるのか。
「『恋人は作らない。青春は学校に捧げている』だったか? 聞いた時はくだらねーと思ったけど、それが生きがいなんだろ? なら、お前から“それ”を奪っちまうのは面白そうじゃねーか」
“それ”と言われた瞬間、本能的に鳥肌が立った。
『恋人は作らない。青春は学校に捧げている』――それは、かつて誰かに話した私の信条の一つである。
その台詞自体は校内で有名らしいので、灰崎君が知っていても不思議ではない。
しかし、私は決してその台詞の意味までは口外していない。
誰かの恋人になったら、その人のためだけにしか生きられなくなる。
多くの人の役に立つためには、誰かの特別になってはならない。
そうしなければ生きる資格はないし、生きる価値もない。
信条に隠されたそんな強迫観念は、間違っても口に出せるはずがないものだ。
つまり、灰崎祥吾は、その信条を又聞きしただけで、私の生命線を完全に把握したということだ。
たった一度の勝利で、私の使命も存在意義も行動原理も生きる意味も人生の目標も――すべてを奪うことができると理解しているのだ。
「何だよ、怖じ気づいたか?」
「……いや、君がゲームに前向きな理由が分かって少し安心したよ」
返答に虚勢が混じっていないと言えば嘘になるが、彼がゲームに飽きる可能性が想定よりも低そうだと判明したのは僥倖だ。
元よりゲームに負けたら英雄として死ぬのだし、多少リスクが増えたくらいで灰崎君の興味を引けるなら安いものだと思うべきだ。
「……やっぱおもしれーな」
奪うのが楽しみだ、と彼はジュースを呷った。
灰崎祥吾。
やはり、一番の危険人物だ。
隣に座る灰崎君は、缶ジュース片手に「苦手なんじゃねえのかよ……」とぼやいている。
気を緩めて物思いに耽ったせいで、灰崎君を騙し討ちしたようになってしまった。
とはいえ、今日の戦績に肩を落としてはいるものの、意外にもゲームへの意欲は薄れていない様子だ。
「身体能力や反射神経が物を言うゲームは不利だな。いっそ運ゲーの方が勝算あるか……?」
彼の独り言に耳を澄ませると、既に次回のゲームの内容を思案している。
ゲームに前向きでいてくれるのはとてもありがたいが、それがいつまで続くかは全く分からない。
早々に飽きるだろうと予測して色々対策を考えていたので、むしろ今日まで彼の興味を引けたことに驚いている。
『灰崎君が勝ったら何でも望みを叶える』という提案が、よほど魅力的だったのだろうか。
「そういえば、君が勝った場合の『叶えたい望み』はもう決まってるのか?」
「あぁ? 前に言っただろ」
『前に』と言われて咄嗟に頭をよぎったのは、灰崎君にゲームを提案した日のことだ。
――オレが勝ったら、何でも一つ言うことを聞け。
――なら、オレと付き合え。
まさかと思ったが、他に心当たりがない。
「え? もしかして、付き合えって言ったやつか? あれ本気だったのか?」
「お前も了承したじゃねーか」
「確かに君がいいならいいとは言ったけど……」
言ったけど、あんなの誰が本気にするものか。
巨万の富や永遠の命が欲しいと要求される方がまだ現実味がある。
「灰崎君がここまで真剣にゲームに取り組んでいるから、よほど叶えるのが難しい願いかと覚悟してたんだが……」
別の意味で、難しい願いではあるが。
「そういや前も似たようなこと言ってたな。オレと付き合うのは、お前の信条的にまずくねーのかよ?」
「まずいけど、そうならないように努力すればいいだけだよ。私が気にしているのは、君にメリットが少ないことだ。まさか、私に惚れてるわけじゃないだろう?」
「ねえな」
人によってはショック死しそうな容赦のない否定だが、私にとっては予想通りの返答だ。
むしろ肯定された方がショック死する。
「メリットっつーか、単に面白いと思ったんだよ」
「面白い? 私と付き合うことが?」
「ああ」
続けて疑問を投げようとしたが、彼の歪んだ笑みを見て飲み込んだ。
それは、読者だった頃に見たことのある、獲物を前にした時の嗜虐的な表情だった。
実際に目の前にすると、こんなにぞっと背筋が冷えるのか。
「『恋人は作らない。青春は学校に捧げている』だったか? 聞いた時はくだらねーと思ったけど、それが生きがいなんだろ? なら、お前から“それ”を奪っちまうのは面白そうじゃねーか」
“それ”と言われた瞬間、本能的に鳥肌が立った。
『恋人は作らない。青春は学校に捧げている』――それは、かつて誰かに話した私の信条の一つである。
その台詞自体は校内で有名らしいので、灰崎君が知っていても不思議ではない。
しかし、私は決してその台詞の意味までは口外していない。
誰かの恋人になったら、その人のためだけにしか生きられなくなる。
多くの人の役に立つためには、誰かの特別になってはならない。
そうしなければ生きる資格はないし、生きる価値もない。
信条に隠されたそんな強迫観念は、間違っても口に出せるはずがないものだ。
つまり、灰崎祥吾は、その信条を又聞きしただけで、私の生命線を完全に把握したということだ。
たった一度の勝利で、私の使命も存在意義も行動原理も生きる意味も人生の目標も――すべてを奪うことができると理解しているのだ。
「何だよ、怖じ気づいたか?」
「……いや、君がゲームに前向きな理由が分かって少し安心したよ」
返答に虚勢が混じっていないと言えば嘘になるが、彼がゲームに飽きる可能性が想定よりも低そうだと判明したのは僥倖だ。
元よりゲームに負けたら英雄として死ぬのだし、多少リスクが増えたくらいで灰崎君の興味を引けるなら安いものだと思うべきだ。
「……やっぱおもしれーな」
奪うのが楽しみだ、と彼はジュースを呷った。
灰崎祥吾。
やはり、一番の危険人物だ。