中学一年生
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赤司君が黒子君の可能性を発見してから、はや半月が経過した。
その間、部活内にも黒子君自身にも目立った変化はなかった――原作通り、何も問題のない経過だった。
ただし、この原作通りの流れが、私に僅かな油断を生んだことは否定できない。
つまり、“黒子君が再び赤司君のもとを訪ねるまで動きはないだろう”という油断である。
だからこそ、黒子君から「話があります」と相談された時、深く考えずに了承してしまったのだ。
「僕の新しい型 について、藍良さんの意見を聞かせて下さい」
昼休みに持ちかけられた思いがけない相談に、食堂の一席で目を瞬かせた。
あまりに予想外だったので、表面上では箸を置いて鷹揚に考える素振りをしつつも、心中では必死に発言の意図を読み解こうとした。
ところで、黒子君がミスディレクションに目をつけた具体的な日付を知らないので、現時点でそれに気づくのが早いか遅いかという判断はできない。
ただ、これだけは断言できる――気づくに至るきっかけは、赤司君と青峰君の言葉でなくてはならない。
さて、この条件を考慮した場合、英雄として、読者として、彼にかけるべきアドバイスとは何だろうか。
というか、そもそも。
「どうして私に訊こうと思ったんだ? 確か赤司君は、自分で考えるべきだと言っていたはずだが」
責任感の強い黒子君が、赤司君の助言を簡単に反故にするとは考えにくいし、たとえ相談するとしても私に白羽の矢が立ったことも引っかかる。
私自身があの場で「新しい型について私の口から言えることはない」と明言し、彼もそれを記憶しているはずだからだ。
「はい。勿論そうすべきだと思いますし、藍良さんから答えを訊きたいのではありません。僕が知りたいのは、一軍の選手の実態です」
「……ああ、なるほどな」
相談の主旨をようやく理解しかけ、思わず独り言を零した。
彼がそう表現したのに、些か心当たりがあるからだ。
過去に三軍と疎遠になってしまった失態からも凡そ想像がつくだろうが、普段から一軍と三軍の交流の機会はほとんどないのだ。
二軍と三軍は練習試合を組むこともあるが、一軍とは滅多にない。
なので、黒子君は他校との試合を観戦するくらいしか一軍の様子を知りようがなく、一軍で戦力になる型を考案するには不足を感じるのも無理はない。
黒子君にとっての一軍のイメージは、青峰君一人と言っても過言ではないはずだ。
「はい。ずっと三軍にいる僕には、実際の一軍のレベルがイメージしづらくて……。それに、全く新しい型を生み出すには新しい視点が必要だと思ったので、是非藍良さんの視点で一軍のことを訊きたいんです」
それは、マネージャーとしての客観的な意見が欲しいということだろうか。
「すみません。少し言葉が足りませんでした」
「いや、いいよ。そういう事情なら、私でも役に立てるだろう」
そういう事情なら、英雄と読者どちらの役割も裏切らない返答をする余地がある。
「分かった。全力で叶えよう」
黒子君はほっと息を吐いた。
私も微笑みを返したが、実際は失言のないよう気を引き締め直したのだった。
「一軍……というか、今後のことを考えると、君と同学年の一軍レギュラーの詳細を中心に話した方が有意義だろうな」
「お願いします」
そこで、五人の一年生に関して、私の知っている限りの情報を黒子君に伝えた。
勿論、原作の流れに支障のないよう、細心の注意を払った上である。
黒子君は終始興味深そうに耳を傾けていたが、赤司君の話の段になってから、表情が僅かに険しくなったように見えた。
「――以上だ。何か気になった点はあるか?」
「そうですね……」
考え込むように、顎に手を当てて虚空を見つめる黒子君。
「僕がチームのためにできることはパスやアシストだと考えているので、ポイントガードを視野に入れていましたが、聞く限りで赤司君がそこまで優秀なら必要なさそうですね」
聞き覚えのある台詞に、脳内で警鐘が鳴った。
その思考は、青峰君との会話で生まれなければならないものだ。
英雄として有益なアドバイスをすべきだが、私のおかげで“答え”に辿り着いたと黒子君に意識されてはならない。
「……無理に既存のポジションに当て嵌めなくてもいいと思うぞ。赤司君は、新しいことをやるなら固定概念を捨てろと言っていただろう? ならいっそもっと自由な発想で挑んだ方がいい」
さり気なく赤司君の名前を出し、私の印象を薄くする。
本人のいないところでも、赤司君にはいつも世話になっている。
「そのためにも、もっと色々な人の話を聞いてみたらどうだ? 青峰君も一軍をよく知っているし、実戦で必要な役目を教えてくれるかもしれないぞ」
「そうですね。そうしてみます」
ここであまりにも『バスケと関係ない分野に目を向けろ』と示唆すると、手品を取り入れるという功績に私が噛んだと誤解される恐れがある。
あとは青峰君に任せれば、原作通りに事が運ぶだろう。
「ありがとうございました。とても参考になりました」
「他に気になることがあればいつでも訊いてくれ。何でも答えよう」
「……でしたら、もうひとつ訊いてもいいですか?」
「勿論」
「藍良さんは、どうしてバスケ部のマネージャーになろうと思ったんですか?」
「………」
完全に、虚を突かれた質問だった。
「……どうしてそれを訊こうと思ったんだ?」
最初と同様に質問の意図を探る目的だが、隠した動揺の大きさはその比ではない。
――どうしてバスケ部のマネージャーになったのか。
この世界が“黒子のバスケ”だと知っていればその答えは自明だが、実はこの世界の人間はよく抱く質問で、珍しくはない。
たとえば、赤司君やさつきちゃんも入学当初に口にしたことがある。
だから私が動揺した理由は、この質問が出たタイミングだ。
しかし、その疑問は黒子君の次の発言で解消される。
「実はずっと気になってました」
『ずっと』――ならば、今のタイミングはあまり意味がないということか?
私が異端だと、気づかれたんじゃないのか?
「藍良さんの目的は、多くの人を救うことなんですよね。その目的と、バスケ部のマネージャーになることがどう繋がるんですか?」
黒子君の表情は、先ほどまでとほとんど変わらないように見える。
彼にどんな意図が隠されているとしても、言うべき答えは既に決まっている。
「一応意味があるんだが、今はまだ内緒だ」
「……内緒、ですか」
本当の答えは、言えるわけがない。
黒子君は僅かに視線を外し、眉を寄せて私の言葉を反芻した。
心臓が恐ろしい速度で脈打つのを感じながら、黒子君の反応を待った。
「……その理由は、赤司君には話したんですか?」
「いいや。赤司君にも話していない。誰にも内緒だ」
そうですか、と言った時、黒子君の表情から陰りが消え、元の穏やかな雰囲気に戻った。
何故唐突に赤司君の名前が出たのか、何故私の返事で緊張が解けたのか、その理由は見当もつかない。
赤司君なら、分かるだろうか。
その間、部活内にも黒子君自身にも目立った変化はなかった――原作通り、何も問題のない経過だった。
ただし、この原作通りの流れが、私に僅かな油断を生んだことは否定できない。
つまり、“黒子君が再び赤司君のもとを訪ねるまで動きはないだろう”という油断である。
だからこそ、黒子君から「話があります」と相談された時、深く考えずに了承してしまったのだ。
「僕の新しい
昼休みに持ちかけられた思いがけない相談に、食堂の一席で目を瞬かせた。
あまりに予想外だったので、表面上では箸を置いて鷹揚に考える素振りをしつつも、心中では必死に発言の意図を読み解こうとした。
ところで、黒子君がミスディレクションに目をつけた具体的な日付を知らないので、現時点でそれに気づくのが早いか遅いかという判断はできない。
ただ、これだけは断言できる――気づくに至るきっかけは、赤司君と青峰君の言葉でなくてはならない。
さて、この条件を考慮した場合、英雄として、読者として、彼にかけるべきアドバイスとは何だろうか。
というか、そもそも。
「どうして私に訊こうと思ったんだ? 確か赤司君は、自分で考えるべきだと言っていたはずだが」
責任感の強い黒子君が、赤司君の助言を簡単に反故にするとは考えにくいし、たとえ相談するとしても私に白羽の矢が立ったことも引っかかる。
私自身があの場で「新しい型について私の口から言えることはない」と明言し、彼もそれを記憶しているはずだからだ。
「はい。勿論そうすべきだと思いますし、藍良さんから答えを訊きたいのではありません。僕が知りたいのは、一軍の選手の実態です」
「……ああ、なるほどな」
相談の主旨をようやく理解しかけ、思わず独り言を零した。
彼がそう表現したのに、些か心当たりがあるからだ。
過去に三軍と疎遠になってしまった失態からも凡そ想像がつくだろうが、普段から一軍と三軍の交流の機会はほとんどないのだ。
二軍と三軍は練習試合を組むこともあるが、一軍とは滅多にない。
なので、黒子君は他校との試合を観戦するくらいしか一軍の様子を知りようがなく、一軍で戦力になる型を考案するには不足を感じるのも無理はない。
黒子君にとっての一軍のイメージは、青峰君一人と言っても過言ではないはずだ。
「はい。ずっと三軍にいる僕には、実際の一軍のレベルがイメージしづらくて……。それに、全く新しい型を生み出すには新しい視点が必要だと思ったので、是非藍良さんの視点で一軍のことを訊きたいんです」
それは、マネージャーとしての客観的な意見が欲しいということだろうか。
「すみません。少し言葉が足りませんでした」
「いや、いいよ。そういう事情なら、私でも役に立てるだろう」
そういう事情なら、英雄と読者どちらの役割も裏切らない返答をする余地がある。
「分かった。全力で叶えよう」
黒子君はほっと息を吐いた。
私も微笑みを返したが、実際は失言のないよう気を引き締め直したのだった。
「一軍……というか、今後のことを考えると、君と同学年の一軍レギュラーの詳細を中心に話した方が有意義だろうな」
「お願いします」
そこで、五人の一年生に関して、私の知っている限りの情報を黒子君に伝えた。
勿論、原作の流れに支障のないよう、細心の注意を払った上である。
黒子君は終始興味深そうに耳を傾けていたが、赤司君の話の段になってから、表情が僅かに険しくなったように見えた。
「――以上だ。何か気になった点はあるか?」
「そうですね……」
考え込むように、顎に手を当てて虚空を見つめる黒子君。
「僕がチームのためにできることはパスやアシストだと考えているので、ポイントガードを視野に入れていましたが、聞く限りで赤司君がそこまで優秀なら必要なさそうですね」
聞き覚えのある台詞に、脳内で警鐘が鳴った。
その思考は、青峰君との会話で生まれなければならないものだ。
英雄として有益なアドバイスをすべきだが、私のおかげで“答え”に辿り着いたと黒子君に意識されてはならない。
「……無理に既存のポジションに当て嵌めなくてもいいと思うぞ。赤司君は、新しいことをやるなら固定概念を捨てろと言っていただろう? ならいっそもっと自由な発想で挑んだ方がいい」
さり気なく赤司君の名前を出し、私の印象を薄くする。
本人のいないところでも、赤司君にはいつも世話になっている。
「そのためにも、もっと色々な人の話を聞いてみたらどうだ? 青峰君も一軍をよく知っているし、実戦で必要な役目を教えてくれるかもしれないぞ」
「そうですね。そうしてみます」
ここであまりにも『バスケと関係ない分野に目を向けろ』と示唆すると、手品を取り入れるという功績に私が噛んだと誤解される恐れがある。
あとは青峰君に任せれば、原作通りに事が運ぶだろう。
「ありがとうございました。とても参考になりました」
「他に気になることがあればいつでも訊いてくれ。何でも答えよう」
「……でしたら、もうひとつ訊いてもいいですか?」
「勿論」
「藍良さんは、どうしてバスケ部のマネージャーになろうと思ったんですか?」
「………」
完全に、虚を突かれた質問だった。
「……どうしてそれを訊こうと思ったんだ?」
最初と同様に質問の意図を探る目的だが、隠した動揺の大きさはその比ではない。
――どうしてバスケ部のマネージャーになったのか。
この世界が“黒子のバスケ”だと知っていればその答えは自明だが、実はこの世界の人間はよく抱く質問で、珍しくはない。
たとえば、赤司君やさつきちゃんも入学当初に口にしたことがある。
だから私が動揺した理由は、この質問が出たタイミングだ。
しかし、その疑問は黒子君の次の発言で解消される。
「実はずっと気になってました」
『ずっと』――ならば、今のタイミングはあまり意味がないということか?
私が異端だと、気づかれたんじゃないのか?
「藍良さんの目的は、多くの人を救うことなんですよね。その目的と、バスケ部のマネージャーになることがどう繋がるんですか?」
黒子君の表情は、先ほどまでとほとんど変わらないように見える。
彼にどんな意図が隠されているとしても、言うべき答えは既に決まっている。
「一応意味があるんだが、今はまだ内緒だ」
「……内緒、ですか」
本当の答えは、言えるわけがない。
黒子君は僅かに視線を外し、眉を寄せて私の言葉を反芻した。
心臓が恐ろしい速度で脈打つのを感じながら、黒子君の反応を待った。
「……その理由は、赤司君には話したんですか?」
「いいや。赤司君にも話していない。誰にも内緒だ」
そうですか、と言った時、黒子君の表情から陰りが消え、元の穏やかな雰囲気に戻った。
何故唐突に赤司君の名前が出たのか、何故私の返事で緊張が解けたのか、その理由は見当もつかない。
赤司君なら、分かるだろうか。